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※本記事は、ESG Journal編集部が注目のニュースを取り上げ、独自の視点で考察しています。
DEI後退の流れ:米国
2025年1月20日、ドナルド・トランプ大統領は連邦政府のDEIプログラムを終了する大統領令に署名し、政府機関や連邦契約企業に対してDEI関連の活動を停止するよう求めた。これを受けて、Googleなどの大手企業においてDEI目標の撤廃や関連レポートの削除が進んでいる。この流れは、2024年からも始まっていたが、2025年に入り一気に加速した。以下に、2025年でのDEI目標を撤回または縮小した主な企業を時系列でまとめる。
- 1月6日: McDonald’sが、DEIに関する数値目標の設定を中止し、サプライチェーンパートナーに対するDEI要件を終了すると発表。
- 1月10日: Metaが、DEIチームを解散し、関連プログラムを終了。
- 2月5日: Googleが、DEIに関する採用目標を廃止し、関連プログラムを見直し。
- 2月8日: Accentureが、採用や昇進における多様性目標の使用を中止。
- 2月12日: Goldman Sachsが、新規株式公開(IPO)クライアントに対する取締役会の多様性要件を撤廃すると発表。
米国の政権交代による影響は著しく、反ESGの動きの一つであり「DEI」もその影響を受けたかたちだ。米国ではESGが政局になりつつあるため、今後も政権交代ごとに企業がDEI戦略を再評価する可能性はある。
DEI方針を貫く欧州規則
一方、EUではDEIに関する規則が強化されており、企業に対する規制が厳格化している。2023年にDEI関連の厳格なルールを導入し、従業員100人以上の企業に対して多様性データの報告を義務付けた。このデータには、性別、人種、障害の有無に関する情報のほか、従業員エンゲージメント、研修・キャリア開発プログラムの実施状況が含まれる。たとえば、ドイツでは、会社法にて取締役・監査役の男女多様性比率や管理職への男女多様性性目標の設定を義務付けている。
このように、米国とEUの間ではDEIに対する政策が大きく異なっており、企業はそれぞれの地域の規制に適応する必要がある。さらに、欧州ではCSRDの適用により本社でもDEI開示が必要になる可能性がある(2025年2月21日時点)。ただし、2025年2月下旬公開予定のオムニバス草案の内容にもよるため、欧州の動きにも注意は必要になる。
DEIをめぐる矛盾
米国大統領令の適用範囲は未確定であるが、今後、米国連邦政府機関が契約する企業全体に対しDEI(多様性、公平性、包括性)プログラムの”合法性”を証明するよう求める可能性があると国際法律事務所フレッシュフィールズは指摘する。つまり、企業はEUの関連会社がDEIプログラムを運営していないことを証明する義務を負う可能性があるという。
CSRDでは、多様性や差別の排除に関する具体的なポリシーの有無や実施状況の報告が義務付けられており、ドイツの法律では詳細な比率までもが定められている。同指摘によれば、CSRDは米国子会社や米国親会社にも適用されるため(2025年2月21日時点)、開示内容について「米国政府の注目を集める」可能性があるという。企業は米国とEUの相反する法規制のどちらに従うべきか迫られるリスクがあるこという矛盾を抱える結果になっている。
今後のDEIはどうなるのか
DEI促進プログラムは、企業にとってもはや「リスク」なのだろうか。そもそも、DEIの目的であった「多様性と包摂性の推進」は、企業の持続可能性やイノベーションにおいて重要な要素ではなかっただろうか。
Morningstar社のグローバルマネージャーリサーチチームのダイレクターであるLindsey Stewart氏は、自身のSNSで、「株主がDEI(多様性、公平性、包括性)に反対する提案を拒否することが予想される。DEIに対する反対意見が増えているものの、株主はこれらの反対提案を支持しない傾向がある」と指摘している。また、Stewart氏は、企業がDEI戦略を継続することが、長期的な成功と持続可能性に寄与すると強調している(2025年1月)。
他にも、Microsoftの最高多様性責任者(Chief Diversity Officer)であるLindsay-Rae McIntyre氏は、「多様性と包括性(D&I)戦略を主導し、D&Iを一時的な流行ではなく企業文化の中核と位置付けている」とし、「全従業員と顧客に対するサービスの向上には多様性が不可欠であり、特にAIの成功には多様な視点と難しい質問を投げかけることが必要である。インクルーシブな未来を築くためには、DEIが不可欠な要素である」と強調している(2024年1月)。
日本においても、人的資本経営が企業には推奨されており、多様な人材の活用が企業の競争力強化につながるとされている。米国で一気に押し寄せたDEI後退の波の「リスク」を見極めつつも、企業はDEIという「表現」にとらわれずに、その根底にある理念を継続的に実践し、持続可能な経営を目指すことが求められる。表面的ではなく本質的な取り組みが重要な時代になったとも言えるだろう。
文:竹内愛子(ESG専属ライター)
【参考ページ】
https://www.reuters.com/technology/accenture-scraps-diversity-inclusion-goals-ft-reports-2025-02-07