「統合思考経営」インパクトの視点からのリスクと機会を考える――SB ESGシンポジウム online 2022 第1回開催レポート
サステナブル・ブランドジャパン/SB Japan Labとサンメッセ総合研究所(代表:田中信康)が開催している「SB ESGシンポジウム online」の2022年度のテーマは「『統合思考経営』の実践と統括」。2020年の「気候変動・コロナ時代のありたい社会・経済の姿と『4つのX』の実践」、2021年の「『統合思考経営』価値創造のストーリー作り」と2年連続で開催してきたESGシンポジウムの締めくくりとなる内容だ。第1回は12月2日に開催された。統合思考経営の有効なフレームワークとしてTCFDを位置づけ、その実証研究の結果を基に、気候変動のリスクと機会の捉え方と開示について、外部講師を交えて議論された。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)
※ESG Journalではサステナブル・ブランド ジャパン編集局の許可を得て本記事を転載しています。
日本は「ガバナンス」と「リスクマネジメント」の開示が不十分
はじめに、法政大学人間環境学部の竹原正篤氏より「気候関連財務情報開示タスクフォース」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)について説明があった。TCFDは、2023年度から有価証券報告書上でも部分開示が義務化される。
竹原氏は現時点における企業のTCFD開示は、企業、業種、国や地域によって内容に差があると考え、サンメッセ総合研究所の川村雅彦所長と共同で、2021年に開示された国内外のIT・通信、食品などの6業種から各3社を選び、共通点や差異を分析した。
評価は、TCFD開示フレームワークの4分野「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」の11項目に独自評価項目「事業特性を反映した気候変動対策の戦略性」を追加してスコアリングを行い、5分野のスコアの平均値を総合評点とした。
結果は、全体的に「戦略」と「事業特性を反映した気候変動対策の戦略性」の評点が高く、「ガバナンス」の評点は低かった。また総合評点ではTSMC(台湾)が最も高く、上位は業種を問わず欧州企業が占めた。日本企業ではリコーグループとキリンホールディングスが全体の平均値を上回った。竹原氏は「日本企業はガバナンス(取締役会の関与に関する開示)とリスクマネジメント(ERM※1への統合プロセスに関する開示)が弱い」と指摘する。
※1 ERM:Enterprise Risk Management(全社統合型リスクマネジメント)
ガバナンスでは、ほとんどの欧米企業が監督側(取締役会)と執行側(経営会議)の両方の関与について、態勢とプロセスを含め詳細を記述しているのに対し、日本企業の多くは執行側中心の開示であった。またリスクマネジメントについては、欧米企業はTCFD提言の趣旨に沿って気候変動リスクの識別と管理だけでなく、ERMにどのように統合されているかについての態勢とプロセスを記述していた。
気候変動リスクにガバナンスは不可欠
共同研究者の川村所長からは、「国際的なサステナビリティ対応における気候リスク・機会」と題して、研究から得られた示唆について解説があった。川村所長も同様に日本企業は「ガバナンスとリスクマネジメントの連携が未成熟」「取締役会による『監督』の関与が不十分」などの指摘があった。特にガバナンスについては、日本では取締役会において「指名委員会」「報酬委員会」「監査委員会」の設置を理想とするが、欧米ではこの3委員会は常識であり、これとは別に権限移譲された専門委員会(気候変動を含む)が複数ある。このことが日本企業のガバナンス評価が低いことの理由であると強調した。
またガバナンスとリスクマネジメントについて、積極的にTCFDの趣旨に則った開示をしている先行企業としてTSMC(台湾)とBP(欧州)を挙げた。TSMCは台湾の世界的な半導体メーカーであり、脱炭素戦略にトップが積極的に関わり、徹底した物理リスク(洪水)対応を行っている。BPは石油・ガス開発からグローバル・エネルギー企業へと戦略的転換をしたが、監督と執行について、それぞれ態勢、役割、決定権限が明記されている。こうしたガバナンスとリスクマネジメントの連携を構築している企業は、気候変動対応の実効性と企業の価値創造能力も高いという結果が見いだされた。
最後に川村所長は、日本企業の課題として「気候変動リスクにガバナンスは不可欠」「取締役会から権限移譲された気候戦略・リスク委員会の設置」「経営戦略としてERMに取り組むべき」「気候変動の財務インパクト開示へのCFO関与」を指摘した。
GPIFの「優れたTCFD開示」で最高評価を獲得―キリンホールディングス
キリンホールディングスは、CSV経営を導入して、既存事業の強化と新たな価値創造の両立により、持続的な成長の実現に取り組んでいる。2027年に「世界のCSV先進企業となること」を目標に掲げている。同社は2011年から生物資源リスク調査を開始していたが「TCFDにより自社開示の内容が大きく変わった。当時の戦略は弱かったかもしれない」とキリンホールディングスCSV戦略部の藤原啓一郎氏は振り返る。
2019年にシナリオ分析結果を経営層に報告。気候変動は農産物に影響することを理解してもらい、農産物調達などの企業戦略が考え直されるようになった。藤原氏は「当社はビールを主に製造しているが、ビール製造に不要な乳酸菌の研究もしてきた。タンパク質として乳酸菌を活用することができるし、大麦が収穫できなくなっても糖があればできる発泡酒にシフトすることはできる」と強調。分析結果を踏まえて発想の転換もできるようになったという。
2022年3月に発表された「GPIFの国内株式運用機関が選ぶ『優れたTCFD開示』」で同社は、「リスク管理の考え方や、シナリオ分析結果と戦略への反映等を丁寧に説明している」「気候変動による主要農産物収量へのインパクトやカーボンプライシングの影響評価など、シナリオ分析において定量的な財務インパクトを開示している」などと評価された。選ばれた27社の中で、運用8機関から最高評価を得た。
TCFDに則った分析をすることで、水資源とGHGがつながっていると社内で理解が進んだ。藤原氏は「TCFDとCDP※2によって気候変動から企業の取り組みはすべてつながっていることがわかった。さらに自然資本を基にしたTNFD※3と合わせて考えると統合的に理解できる。今後も統合的にアプローチしていきたい」と締めくくった。
※2 CDP:投資家が利用する、国際NGOが発行する気候変動に関する質問書
※3 TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)
TCFDには企業のアピールポイントがある
討論会(司会:サンメッセ総合研究所副所長 山吹善彦)では、ガバナンスについて川村所長から「TCFD開示は欧米発のグローバルスタンダートだが、投資家ありきのアプローチになっている。日本企業には執行側ではなく、取締役会として意思決定できる気候委員会が必要」という提言が出された。続けて竹原氏は「欧米企業では取締役会と執行側に緊張関係がある。もっと踏み込まねばならないのに、執行側がブレーキをかけているとすれば、それは執行側の限界ではないか」と述べた。
キリンの藤原氏は「日本人は自由にやってくださいと言われると困る。TCFDは細目主義的なガイドラインではなく、事業内容の全体像をおさえることができる。皆が腹落ちすることができて従業員も理解しやすいストーリーをまとめるには有効」とTCFD開示による企業へのメリットを挙げた。
第2回は来年1月19日(水)に開催。川村所長の書籍(発行日未定)の内容に基づき、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の全体像を整理するとともに、「統合思考経営」の考え方や情報開示について総括する。
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「統合思考経営」インパクトの視点からのリスクと機会を考える――SB ESGシンポジウム online 2022 第1回開催レポート
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