人権デューデリジェンスが進まないのはなぜ?日本企業の人権リスクへの対応状況

人権デューデリジェンスの法令化が海外では進む中、日本でも対応への社会的関心が高まっている。そこで本記事では、人権デューデリジェンスを実行するために必要な事項をまとめた。人権デューデリジェンスについて気にはなっているが、どう取り組めばいいかわからないという方は、ぜひ参考にしてみてほしい。

国内の人権デューデリジェンスの対応状況

国内の人権デューデリジェンスへの対応状況は他国に比べて遅れをとっている。実際に、認知度・実施率の双方において半数以下にとどまっている。

人権デューデリジェンスの認知度:「半数近くは聞いたことがない」

日本企業の人権デューデリジェンス(人権DD)に対する認知度は低い。月刊総務が全国の総務担当者を対象に実施した「人権リスクに関する調査」によると、「人権DDという言葉を聞いたことがない」と答えた割合は、112名のうち半数近くの45.5%にも上った。「言葉は知っているが内容はあまり理解していない」と答えた割合は22.3%という結果も出ている。

その一方で、8割以上が人権DDに対する必要性を感じていることも明らかとなっている。

日本では、人権DDの存在自体を知らない、もしくは人権DDを重要だと思っているが具体的な中身が分からないという企業が多いことがうかがえる。

参考:ほぼ全ての企業が自社に人権リスクありと認識するも、取り組みをしている企業は6割にとどまる。リスクの対象は約8割が「ハラスメント」|PR TIMES

人権デューデリジェンスの実施率:「実施は2割未満にとどまる」

同様に月刊総務による調査結果によると、人権リスクに取り組んでいる企業のうち、人権DDに取り組んでいる企業は2割未満にとどまっている。一方、人権DDを実施していない企業は、実施するためのノウハウの不足をボトルネックと見ているようだ。他には、そもそも何をすればよいか分からない、実施するための時間がないなどの声もあげられている。

参考:ほぼ全ての企業が自社に人権リスクありと認識するも、取り組みをしている企業は6割にとどまる。リスクの対象は約8割が「ハラスメント」|PR TIMES

上記の調査から、人権DDそのものに対しての重要性は理解をしているが、実際どのような取り組みをすればよいか不明という企業が多いことが推測される。

実施に際して、情報を集めているという場合、実務としてどのような事例があるのか、海外での事例があるので参考にするのもひとつだろう。

関連記事:人権デューデリジェンスとは何をすればよいか。海外事例から学ぶ。|ESG Journal

人権デューデリジェンスの重要性

日本国内では、認知度があまり高くない人権DDではあるが、以下の3つの理由によって、人権DD実施の重要性は高まっている。

規制・制裁による財務リスクの回避

人権問題は財務リスクと密接に関わっている。人権問題が起きればその事業の経済価値は毀損され、”座礁資産”と化すリスクが考えられるためだ。

実際に、リスクは発生している。2月下旬、ロシアのウクライナ侵攻を受け、石油・天然ガス開発事業「サハリン2」からの撤退を表明した英石油大手シェルはその最たる例だ。この決定により、同社はロシア事業で保有していた約30億ドル(約4,000億円)の非流動資産を減損損失として計上せざるを得なくなった。

キリンホールディングスは合弁相手と関係の深い国軍とクーデターを起こし、住民弾圧を行っているミャンマーからの撤退を表明。2021年12月期におけるミャンマー事業で466億円の減損が発生することとなった。

かつて人権問題によって影響を受ける範囲は、NGOからの悪評判を受けるリスクにとどまっていた。しかし、企業には人権尊重の責任があるという国連の声明を発端に、企業に人権DDの要求が増加し、ESG投資家も格付けに人権配慮をチェック項目として組み込むようになった。また、海外では禁輸措置や経済制裁などの発動が相次いでいることからも、企業にはサプライチェーン全体を見直す動きが求められている。

参考:「人権」が財務リスクに サプライチェーン見直し急務|日本経済新聞

事業運営上のリスクの回避

企業が人権リスクを放置すると、事業運営上のリスクが生じる可能性も高まる。例えば、劣悪な労働環境のもと事業を展開している企業は、労働者によるストライキや人材流出が問題となるだろう。各メディアで取り沙汰されれば、その企業は社会的に許容されなくなる。そしてこのような事業運営上のリスクは、消費者による不買運動やSNSによる炎上などのレピュテーションリスク、経済価値の毀損や株価暴落などの財務リスクにもつながる可能性がある。

しかし人権DDに取り組んでいれば、社会的信頼や企業イメージの向上につながり、売上増などの経営にとってプラスの効果をもたらす可能性がある。アウトドアブランド大手のパタゴニアはその例であり、下請け工場を含むサプライチェーンのモニタリングを継続して実施している。この実績が社会的な評価を受け、社会・環境に配慮する企業としてのブランディングに成功している。

参考:責任あるサプライチェーンを目指して:パタゴニアの工場監視の取り組み|パタゴニア

法令遵守

人権尊重を義務化する流れが欧米諸国を中心に加速している。日本では人権関連法の具体化が進められていない。しかしサプライチェーン全体で捉えると、法制化されている国で事業を展開していたり、取引を行ったりしている企業であれば、影響を受ける可能性が高い

以下は海外の人権関連法の一部をまとめたものである。

米国改正関税法強制労働で生産された商品の輸入を禁止(21年末時点で綿やシリカ関係製品など912件に保留命令を発令)
米国ウイグル強制労働防止法(UFLPA)新疆から調達された全製品の輸入を原則禁止
欧州各国現代奴隷法企業にサプライチェーン上の人権DDの報告を要求
EUEUコーポレート・サステナビリティDD指令案人権・環境DD基本方針の策定、リスクの特定・予防などを企業に義務付け

上記のような規制によって、日本企業もサプライチェーン・バリューチェーンを通じて強制労働がないか、人権DDを実施しているか確認する必要に迫られている。保留措置を受ければ、サプライチェーンを遡り詳細な資料を提出しなければならない。

「EUコーポレート・サステナビリティDD指令案」は、各国に一定の裁量が認められている「指令」であり、EU加盟国に適用される規則ではない。しかし、施行が決定されれば、今後各加盟国で法制化の動きが出てくる可能性が考えられよう。

日本国内でも海外に追随する動きがある。経団連は2021年12月に人権DDの指南書として「人権を尊重する経営のためのハンドブック」を発行した。また国も人権問題を経済安全保障の一環と捉えており、経済産業省に「ビジネス・人権政策調整質」を設置するに至っている。

人権デューデリジェンスの推進に重要なこと3選

人権DDの実施においては以下の3つが大切である。

経営者の理解を促進する

日本では人権DDに対する認知度が低い。そのため人権DDを推進するためには、まず経営者の理解を促進しなけれならない。

経営者の理解度を向上させるためには、世界のトレンド情報を提供し意識を高めてもらう必要がある。世界では、人権関連法が相次いで成立し、政府も人権尊重を重要視して他国に追随する動きをとっている。現在起こっている、もしくは今後起こりうる人権リスクを放置したままでは、企業は財務リスクのみならず事業運営上のリスクも追わざるを得なくなる。

規制・制裁を受けるリスクを減らすべく、経営者には普段から広い視野で人権DDに関する情報を追う姿勢が求められている。

ノウハウ不足は既存ツールでカバーする

人権リスクに対する取り組みは進めているが、人権DDの実施に踏み込めていない企業は、既存ツールの活用をおすすめする。

国連グローバル・コンパクトの理念実現に向けサステナビリティを推進するプラットフォームであるグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GNCJ)は、「人権デューデリジェンスの実践のためのマニュアル 〜人権分野の責任のある企業行動〜」を提供している。本書は、組織およびそのサプライチェーンが人権リスクを回避し、その原因を適切かつ合理的に管理するための手順を示す。誰でも無料でダウンロード可能だ。

人権DDを実施するためのノウハウ不足に嘆く経営者や従業員は多いだろう。しかし、全てを一から作成する必要はない。最初から完璧を目指さず、ツールを存分に活用することでその不安は解消される。

データのアウトソーシングで効率化を図る

人権DDを始めて以降も、その実施内容などの管理が組織にとって負担になる可能性がある。その場合、リソースの最適化によって効率的な人権DDが望める。データ収集などは外部にアウトソーシングすることで、よりリスクの高い部分にリソースを割り当てることが可能だ。

SmartESG」は人権DDのデータ収集も可能だ。他社がどのような人権DDを行っているのかについて調査・分析を行うことができるため、自社の取り組みの参考材料として活用できる。また人権DDだけでなく、ESGデータ全てをカバーでき、外部調査やアンケート対応まで効率的に行うことも可能だ。

まとめ

国内の人権デューデリジェンスは進んでいない。しかし、他国および日本政府の動きを見ると、対応の遅れが自社事業にとどまらず企業価値の毀損につながる可能性は高まっている。

人権DDに対して不安や負担を感じる企業は少なくないだろう。しかし、業務の効率化をサポートしてくれるツールやプラットフォームは存在する。まずは、人権リスクの高い地域での事業がないか、取引先にいないか特定するだけでもよいので、一度試してみてはいかがだろう。進めながら自社に即したものを目指していけばよく、最初から完璧である必要はない。うまくツールやプラットフォームを活用することで、自社のサステナビリティを向上させていくとよいのではないだろうか。

【おすすめ関連記事・ニュース】

ESGトレンド予測2023:https://esgjournaljapan.com/column/24795

「MUFG、人権レポート2023を発行」:https://esgjournaljapan.com/domestic-news/30081

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