
近年、AIの飛躍的進歩を背景として、ESG評価の現場においてもAIの利用が進んでいる中、この分野の先駆け的存在となる書籍が出版された。「AIによるESG評価 ―モデル構築と情報開示分析― 」だ。
ESG評価と情報開示には様々な課題がある。ESG評価機関対策や、さまざまな開示基準に対応した情報開示に悩んでいる企業も多いだろう。投資家などのステークホルダー側もこうした評価や情報を使いこなすことに課題を抱えている場合が少なくない。
本書籍は研究者やESG評価の専門家が、AIによるESG評価やESG情報の分析について多様な視点を提供し、こうした課題解決の可能性を提示するものである。
今回は、執筆者の一人である中久保菜穂(シェルパ・アンド・カンパニー、Chief ESG Innovation Officer, ESG責任者)に、本書籍の概要や企業にとっての示唆について解説を聞いた。
Contents
AIによるESG評価モデルとESG情報の分析
この書籍の主題は「第1部:AIによるESG評価モデルの構築」、「第2部:AIによるESG情報分析」である。前半ではAIによってESG評価を試みたり、それに関する関連研究が紹介されている。後半では、もう少し広くAIによる情報分析という課題について、様々な切り口の研究が収録されている。
また、本書籍の各章はESG評価の分野に詳しい研究者や、実務経験が豊富な専門家が学術的な見地から執筆している。AIによるESG評価を検討する際に、俯瞰的な洞察を提供していると言えるだろう。
ESG評価のブラックボックス化から「一般に開かれたESG評価」へ
本書の出発点は、ESG評価が現在抱える課題である。ESG評価については、詳細なメソドロジーが公開されていなかったり、複雑であったりする上に、しばしば更新されるため、評価を受ける企業からすればどのように評価されているのかが不透明な部分が多い。
さらにその評価を利用するステークホルダー側にとっても、自分の目的に合わせてどのように活用すればいいのか悩ましい。また、こうしたESG評価についてESG評価機関のみが行っている状況では、それが正しいのかどうかといった検証もすることができない次第である。
本書では、こうした問題意識を踏まえ、企業に関わるステークホルダーの誰もがAIを活用し、ESG評価を行うことができる可能性を示している。
具体的にはAIモデルにサステナビリティのレポートを読み込ませてESG評価をすることで、評価の透明性、汎用性を実現しようとしている。さらに、RobecoSAMのCorporate Sustainability Assessment(現 S&P CSA)の評価の結果を、本モデルが推定できるのかという試みがなされた。なお、本研究は試行的研究であるため、まずはランキング下位の企業を推定している。
本書を通じて、将来的には読者自身が、ESG評価機関の評価を自社内で再現できる可能性があることが実感できるのではないだろうか。
AIによるESG情報分析の可能性
現在ESGに関しては様々な開示基準が存在する中で、企業は膨大な量のデータを開示している。このようなデータを目の前にして、投資家やその他のステークホルダーがESGパフォーマンスの現状や課題を見抜くことは、容易な作業ではないだろう。こうした背景のもと、AIをはじめとしたテクノロジーの、ESG情報分野への活用について期待が高まっている。
AIによるESG情報の分析と聞くと、膨大なデータを効率的に分析し、人手で分析した場合と比べて、時間を短縮できるという効果をまず想像するかもしれない。しかし本書においてはそれにとどまらず、ESG情報について文章のニュアンスや画像などを分析し、傾向を読み取るという研究など、独特なアプローチが試行されていることが興味深い。ESG情報分析には多様な切り口があるが、その一部について、AIの機械学習を適用した貴重な事例集である。今後のESGをめぐる情報分析分野において革新を生み出す素地となるだろう。
サステナビリティ担当者が知っておくべきこと
本書を読むことにより、読者は自らESG分野においてAIを活用することを検討したり、AIによって情報が評価されることへの対策などについて、洞察を得ることができるかもしれない。
ここで忘れていけないのは、AIによるESG評価は、単に人が行ってきたESG評価をAIに代替させることだけを意味しない。人であれば実現できなかったこと、たとえば膨大なデータを用いた傾向分析を実施し、そこから新たな示唆が得られるということが、本書籍を読めばわかるだろう。
また、本書ではESG評価は本来、ESG活動そのものの趣旨に鑑みて、ステークホルダーの各々が持つ価値観が反映される多様なものでなければならないという主張がなされている。AIによって誰もがESG評価をすることができるようになれば、自身が重視する価値観をモデルに反映することができる。
こうしたAIによる分析が登場した結果、企業としては、「見栄えがよい」「聞こえがよい」といった、その場しのぎの開示では今後ステークホルダーに評価されないことが、顕在化した。端的に言えばAIは騙されない、ということになるかもしれないが、これは同時に、企業に対する評価が透明化され、より公平になることを意味するのではないか。
企業は今後、投資家をはじめとしたステークホルダーの価値観を真に実現し、さらにそれぞれのESG目標達成にとって実質的に貢献するKPIを前提とした取り組みを開示していかなければならないだろう。
今後への期待 − AIによるESG評価に関する研究の発展
本書は、学術的な観点からAIによるESG評価や情報分析を主題として、多様なテーマを扱った書として、未だ他に類をみない書である。一方、本書の研究内容は挑戦的な試みであるため、まだ社会実装の段階には進展していない。
今後は、AIによるESG評価の実践における課題の検討や、モデルの精度を高める試み、あるいはデータ分析により企業の特性をさらに深堀するような研究が実施されることを期待する。また、公表されたESG情報をインプットとするAIモデルの限界、アルゴリズムの透明性といったような、AI自体が抱える課題についてもより深く検討すべきだろう。その結果、AIによるESG評価が進むべき方向性について新たな示唆が得られることを楽しみにしている。
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本書籍執筆メンバー・書評者:中久保菜穂氏
プロフィール
京都大学を卒業後、ロンドン大学(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス:法学修士)を修了。ロンドンにあるVigeo Eiris(ESG評価機関)に入社。帰国後、デロイトに入所しESGアドバイザリー業務に従事。企業のサステナビリティに関するコンサルティングを行う。その後S&P Globalへ入社し、日本のESGビジネス開発をリード。2023年7月にシェルパ・アンド・カンパニーのCEIO(チーフESGイノベーションオフィサー)に着任。本書では、第4章 AIによるESG評価の推定モデルの構築と第15章 ESG情報の保証とAIの適用可能性について執筆している。
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