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SBTi(Science Based Targets initiative)は、2015年にCDP、UNGC、WRI、WWFが共同で設立した国際的イニシアチブ。SBTiによれば、「科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減目標の設定」は、企業にとって国際的な標準となりつつある。
SBTiは企業の目標設定を審査・認定する仕組みとして「SBT認定」を提供している。この認定取得は脱炭素経営の客観的証明(基盤)として外部評価につながるとされている。
本稿では、SBTiとSBT認定の概要を整理し、認定取得がもたらすメリットと直面しやすい実務上の課題を示すとともに、それらを乗り越えるために実務担当者が押さえておくべき視点を提示する。
Contents
SBTi・SBT認定の概要
SBTiとは
SBTi(Science Based Targets initiative)は、企業が気候科学と整合した温室効果ガス排出削減目標を設定することを推進し、ベストプラクティスの提示、技術支援、目標の独立評価・認証を行う。現在1万社以上が参加し、日本企業ものべ1900社以上が、2025年8月までに参加・目標設定している。国際的にも12,321社が「ネットゼロ目標策定」をしているなど、ネットゼロ目標設定において信頼性の高い国際的基準機関であるといえる。
SBTiが定義する「ネットゼロ」とは
SBTi ネットゼロ基準では、企業のネットゼロを次のように定義している。
スコープ 1、2、3 の排出量をゼロにするか、もしくは適格な 1.5℃軌道においてグローバルまたはセクターレベルでのネットゼロ排出達成と整合する残余排出量水準にまで削減。ネットゼロ目標の時点における残余排出量およびそれ以降に大気中に放出されるすべての GHG 排出量を中和すること。
環境省 HP 「SBTI企業ネットゼロ基準」ネットゼロ標準枠組み,p9
ネットゼロ目標達成の4要素(企業が取り組むべき主要アクション)
SBTiでは、企業がネットゼロ目標を実現するために必要なる取り組みや考え方を「4つの要素」として以下をあげている。戦略や計画の土台になり「どう達成するか」の行動枠組みでもあるため、全体像を把握しておくとよいだろう。
- 短期的な目標設定(2030年まで)
5〜10年のスパンで達成する排出削減目標を設定し、2030年までに必要な削減行動を加速させる。 - 長期的な目標設定(2050年まで)
2050年までにバリューチェーン全体の排出をネットゼロ水準まで削減する目標を策定する。長期目標達成前にネットゼロを宣言することは認められない。 - バリューチェーンを超えた緩和
自社の排出削減とは別に、温室効果ガス排出の回避・削減や除去に資する外部活動への投資を行い、1.5℃目標達成への貢献を図る。 - 残余排出の中和
削減努力を尽くしても残る温室効果ガスは、大気中から炭素を除去・貯留することで中和し、気候への影響を打ち消す。なお、中和において下記のような実務的留意点がある
<「カーボンクレジット・カーボンオフセット」実務上の留意点>
- 中和はあくまで「最後の手段」
- 削減を最大限行った後に残る排出にのみ適用できる
- 一時的な吸収(植林のみ等)は不十分
- 永続性・追加性・測定可能性が求められる
- 削減目標とは別枠で扱う
- 中和は「ネットゼロ宣言のための条件」であり、「排出削減目標の達成」とは区別する
参考資料:環境省 HP 「SBTI企業ネットゼロ基準」ネットゼロ標準枠組み,p10-11
ネットゼロ基準の改訂
SBTiは、2025年3月に「Corporate Net-Zero Standard(ネットゼロ基準)」の改訂版(V2)の草案を公表した。6月1日まで意見募集(コンサルテーション)が実施され、改定案の最終化を目指している(2025年9月現在、公表時期は不明)。
2026年内にネットゼロ基準の目標設定を行う場合は現行の基準(V1.2)が使用できるが、2027年以降は、策定中の新しい基準(v2.0)を使用する必要がある。認定取得のタイミングには気を付けたい。
改訂のポイントは以下のとおり。
- Scope1と2の目標設定の分離
- Scope3の目標設定の強化と柔軟性の拡大
- 炭素除去の役割の明確化
- 進捗管理と説明責任の強化
詳細は以下の解説記事にもあるので参考にされたい。
>>>SBTiのネットゼロ基準の改訂案とは ?~ カーボンクレジットの扱いに明確な方針
SBTi参加・SBT認定取得のメリット
企業がネットゼロ目標を実効的に達成できるように、SBTiは、目標設定を審査・承認する「認定制度」を導入している。
企業はまずSBTiへの参加表明(コミットメント)を行い、原則2年以内に正式な目標を策定して認定を取得するという流れで進めるのが一般的である。
この認定を取得することで、企業は次のメリットを得られると想定される。
SBTi参加・SBT認定メリット
投資家からの評価向上
科学的根拠に基づいた気候目標を示すことで、投資家や金融機関からの信頼が高まり、資金調達や企業価値評価にプラスに働く。TCFDやISSBなど開示基準との整合性も示せるため、気候関連開示の説得力が増す。
また、CDPなど主要な評価機関ではSBT認定の有無が加点・評価対象となるため、ESGスコア向上にも直結し、気候関連開示の説得力が増す。
ビジネスにおけるリスク低減と機会拡大
中長期的に排出削減を進めることで、将来の規制強化や炭素価格高騰などのリスクを抑制できる。省エネ・再エネ導入などを通じたコスト削減や、低炭素製品・サービス開発による新たな市場機会創出にもつながる。
サプライチェーンの強化
グローバル企業を中心にサプライヤーにSBT目標設定を求める動きが広がっており、自社も認定を取得することで取引継続・新規参入の条件を満たせる。取引先との連携強化や調達リスクの低減にも効果がある。
業界標準への対応と競争力の確保
国内主要企業の多くがSBT認定を取得する傾向にあり、認定は事実上の業界標準となりつつあると考える。早期に対応することで環境リーダーシップを示せ、遅れると競争力や信頼性の面で不利になるリスクがある。
ニュース:SBTi HP 「2023年末から2025年第2四半期までに、near-term(短期)およびネットゼロ目標を設定する企業数が227%増加」 2025年8月14日付
公的支援や金融面での優遇の可能性
SBT認定は、脱炭素関連補助金や自治体の支援対象となる場合がある。たとえば東京都では、中小企業等がSBT認定(通常版・中小企業版)を取得する際の費用を補助する制度を設けており、自社グループ会社や主要取引先の脱炭素化を後押しする手段として活用できる。
また、大手金融機関では、SBT認定など外部評価と連動したサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)やグリーンファイナンス商品などを提供している場合があり、SBT認定は資金調達条件の改善や外部資源の獲得につながる要素となりつつある。
参考情報)東京都:企業の脱炭素経営に向けた計画策定支援事業、みずほ銀行:Mizuho Eco Finance
>>>SBTi、電力部門に新基準案を公表 — 利害関係者から意見募集
SBT認定における主な実務上の課題
- 排出量データの収集・統合の効率化
スコープ1〜3すべての排出量を網羅的に把握・管理する必要があり、部門横断的なデータ収集と突合・整備に大きな工数を要する。 - 評価機関のアップデートへの対応
SBTiやCDPなどの要件は頻繁に更新されるため、最新基準と自社状況のギャップを常に把握するのが難しい。社内での目視管理では対応が遅れやすい。 - 進捗管理と開示の一貫性を維持
複数部門から集めたデータをもとに進捗をモニタリングし、投資家・評価機関向けに整合性のある開示を続けるには限界があり、将来的な第三者保証にも備える必要がある。
参考情報:Smart ESG「商船三井によるESG情報開示支援「SmartESG」導入事例」
まとめ
SBTiが示すSBT認定は、企業にとって脱炭素戦略を推進するための重要な枠組みである一方、取得にはデータ収集や整合性確保、基準更新への対応など相応の実務的負荷が伴う。
しかし、こうしたデータ管理の精緻化はSBTi対応にとどまらず、今後のサステナビリティ実務全般において不可欠な基盤である。企業は脱炭素戦略の構築と並行して、データ基盤の整備を急ぐ必要があるだろう。
参考:SBTi HP
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執筆者紹介
![]() | 竹内 愛子 (ESG Journal 専属ライター) 大手会計事務所にてサステナビリティ推進や統合報告書作成にかかわるアドバイザリー業務に従事を経て、WEBディレクションや企画・サステナビリティ関連記事の執筆に転身。アジアの国際関係学に関する修士号を取得、タイタマサート大学留学。専門はアジア地域での持続可能な発展に関する開発経済学。 |