
2023年、ISSBによりGHG排出量の管理においてスコープ3のすべてのカテゴリーの算出が求められる予定だ。ISSBの基準は国際的な基準となるため、東京証券取引所のプライム市場で求められている基準とは異なる。しかし、国際的な評価機関や投資家は、スコープ3のすべてのカテゴリーを開示している企業と比較して、日本企業のESG情報を評価するようになるであろう。外部からの評価を維持・向上させるためにも、スコープ3の算出開示は重要である。
Contents
スコープ3およびカテゴリーとは
スコープ3について
スコープ3とは、企業がサプライチェーンにおける温室効果ガス(GHG)排出量を算定する際の、事業活動に関連した間接的な責任範囲のことである。サプライチェーン排出量は、スコープ1排出量・スコープ2排出量・スコープ3排出量の合計で計算できる。
スコープ | 内容 |
スコープ1 | 自社内部での燃料の燃焼等による直接排出 |
スコープ2 | 電力会社などの他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出 |
スコープ3 | 原材料の生産や輸送、ならびに、製品の使用や廃棄等での全体的な排出(スコープ1、スコープ2以外の間接排出) |
画像出典:排出量算定について|環境省
企業活動において、自社の上流や下流におけるGHG排出量(スコープ3)は、自社内の排出量(スコープ1,2)よりも多い場合が大半である。そのため、企業は自らの事業活動からの排出だけでなく、すべての事業の取引先企業やエンドユーザーの排出量も考慮したうえで、排出量の算定・削減をおこなう必要があるという見方が重視されるようになった。
また、各外部評価機関において、スコープ3に関する質問は一般化し始めている。たとえば、機関投資家向けの企業における環境活動の情報・評価であるCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)では、すでにスコープ3設問が定着している。各企業が設定する温室効果ガス排出削減目標であるSBTi(Science Based Targetsイニシアティブ)では、スコープ3を含むサプライチェーン全体の削減目標を設定することが求められている。
スコープ3のカテゴリーについて
スコープ3の排出量を算定するために、サプライチェーンの内容がいくつかのカテゴリー分類されている。そして、サプライチェーン排出量は、GHG排出量の算定・報告をする際の国際基準である「GHGプロトコル」において規定されている。GHGプロトコルでは、下記のとおりスコープ3が15のカテゴリに分類されている。
NO | カテゴリー | 内容 |
1 | 購入した製品・サービス | 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達 |
2 | 資本財 | 生産設備の増設(複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上) |
3 | Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動 | 調達している燃料の上流工程(採掘、精製等)、調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等) |
4 | 輸送、配送(上流) | 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主) |
5 | 事業から出る廃棄物 | 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送、処理 |
6 | 出張 | 従業員の出張 |
7 | 雇用者の通勤 | 従業員の通勤 |
8 | リース資産(上流) | 自社が賃借しているリース資産の稼働(算定・報告・公表制度では、Scope1,2に計上するため、該当なしのケースが大半) |
9 | 輸送、配送(下流) | 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)、倉庫での保管、小売店での販売 |
10 | 販売した製品の加工 | 事業者による中間製品の加工 |
11 | 販売した製品の使用 | 使用者による製品の使用 |
12 | 販売した製品の廃棄 | 使用者による製品の廃棄時の輸送、処理 |
13 | リース資産(下流) | 自社が賃貸事業主として所有し、他社に賃貸しているリース資産の稼働 |
14 | フランチャイズ | 自社が主宰するフランチャイズの加盟社のScope1,2に該当する活動 |
15 | 投資 | 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用 |
各カテゴリーは、事業形態によっては該当しないケースもあるので全てを算定報告する必要はない。しかし、カテゴリー11は「製品」の使用からの使用量を算定報告しなくてはならず、対応を検討している企業が多いのが実情である。
カテゴリー11とは
スコープ3のカテゴリーの中でもカテゴリー11は、算定が難しいとみなされる場合が多い。カテゴリー11は、「販売した製品の使用」、すなわち製品が消費者によって使用されているときに排出される温室効果ガスを指す。例えば、エアコンを販売する企業の場合、販売したエアコンが使用時にどれくらい温室効果ガスを排出したかを測定するのが、カテゴリー11の排出量だ。なお、エアコンなどの空調機器は、ライフサイクルでみると使用時に排出されるCO2が9割を占めると言われており、同カテゴリーの重要性は高い。
算定対象範囲/期間
算定対象とする年度に販売した製品全てが、カテゴリー11の対象となる。製品は大きく直接使用と間接使用の2つに分類されており、具体的には、以下2つの区分がある。
直接使用段階排出 | 家電製品等、製品使用時における電気・燃料・熱の使用に伴うエネルギー起源CO2排出量エアコン等、使用時にガスを直接排出する製品におけるガス排出量 |
間接使用段階排出 | 衣料(洗濯・乾燥が必要)、食料(調理・冷蔵・冷凍が必要)等、製品使用時に間接的に電気・燃料・熱を使用する背品のエネルギー起源CO2排出量 |
上記のうち、販売した製品の直接使用段階排出は必ず算定対象となる。間接使用段階排出は、規模や削減可能性の観点から重要な場合に算定するのでも問題ない。算定対象とする期間は、「製品が販売された年に、その製品の生涯において排出すると想定される排出量をまとめて算定する」こととなっている。
算定における注意点
総排出量の大部分を占めることも多いカテゴリー11だが、いくつか注意すべきポイントは次のとおりだ。
- 販売した製品の将来的な排出量算定の場合は、使用方法等の条件によって排出量が変動する。
- 製品の設計使用や消費者における製品の使用条件に関して仮定のシナリオを策定し、算定しなければならない。
- 使用するシナリオによって、排出量が大きく変わるため、結果を開示する際には、使用シナリオも併せて報告することが求められる。
- 中間製品などとは区別されるため、自社の製品がカテゴリー11の対象かを見極める必要がある。
スコープ3の開示事例
スコープ3の算定を厳密に精緻に行うというのはまだまだ難しい側面があるのもの事実だ。ただし、重要なのは、自社にとってどのカテゴリーが重要かを確認し、その概要や規模を把握することである。そこで、ここからは実際に企業がどのようにスコープ3のカテゴリー11を算定し、報告しているのかを見ていこう。
ダイキンの事例
エアコンなどの空調機器をメインに展開するダイキンは、サステナビリティレポートやHP上で自社のGHG排出量(スコープ1,2,3)を公表している。
特に、エアコンは使用段階での電力消費が大きいため、使用時のGHG排出量も大きく、排出量の算定や報告すべき事項として重要性が高いと判断されている。なお、カテゴリー11に該当する「空調機使用による排出量」はサプライチェーン排出量の約8割を占めている。
また、ダイキンはスコープ3の算定方法について詳しく公表している。また、カテゴリー11に関しては「エネルギー起源」と「フロン類」に分けて算定している。詳しくは以下の通り。
【販売された製品の使用に伴うCO2排出量(エネルギー起源)】
算定範囲 | 家庭用エアコン、ビル・店舗・オフィス用エアコン、工場用エアコン、セントラル空調機器、暖房・給湯機器 |
算定方法 | 年間エネルギー消費量×製品寿命×電力CO2排出係数(またはガス※CO2排出係数)×販売台数 ※燃焼暖房機器の燃料として使用するガス |
算定方法の各データ | 年間エネルギー消費量:カタログ値、規格値、または実使用条件を想定し算定した値製品寿命:家庭用機器は10年、その他は13年電力CO2排出係数:「IEA Emissions Factors」のレポート値 |
【販売された製品の使用に伴うCO2排出量(フロン類)】
算定範囲 | 家庭用エアコン、ビル・店舗・オフィス用エアコン、工場用エアコン、セントラル空調機器、暖房・給湯機器 |
算定方法 | 冷媒充填量×年間漏えい率×製品寿命×地球温暖化係数×販売台数 |
算定方法の各データ | 冷媒充填量:カタログ値年間漏えい率:「冷凍空調機器に関する使用時排出係数等の見直しについて(経済産業省製造産業局・平成21年3月17日)」に記載の値製品寿命:家庭用機器は10年、その他は13年地球温暖化係数:IPCC評価報告書のレポート値 |
〈参照〉サステナビリティレポート2023「温室効果ガス排出データの算定方法| ダイキン
花王
洗剤類や化粧品などを展開する花王は、2022年度のサステナビリティレポートで自社のCO2排出量(スコープ1,2,3)を公表した。
同社の商品である一般消費財:洗剤などの使用(カテゴリー11「販売した製品の使用」)は、サプライチェーンでの排出量の約4割を占めており、全体の影響力が大きなカテゴリーとなっている。花王は、製品の使用上のCO2排出量削減に向けて、エネルギー使用量の少ない(節水、節電)製品の拡大を進めていくとしている。
算定範囲 | 日本及び海外で販売した製品(産業向けを除く) |
算定方法 | 製品の単位数量当たり使用時のCO2排出量×当該製品の年間の売上数量 |
算定方法の各データ | 使用時のCO2排出量:使用時の水、お湯、電力の消費量×インベントリデータ(文献値、市販データベースなどを利用) |
味の素
味の素は、サステナビリティレポートにおいて、製品のカーボンフットプリント結果と間接部門データを集計し、スコープ1,2,3のデータを算出した。食品会社である同社のGHG排出量は、スコープ3のカテゴリー1(原材料)が最も大きい値となっており、スコープ1,2,3合計の半分以上を占めていることがわかる。
画像出典:サステナビリティデータブック2022 |味の素グループ
カテゴリー11の算定にあたり、味の素が集計対象とした範囲は、ISO 14064-1の定める対象全142事業所。集計対象期間は、2021年4月1日〜2022年3月31日としている。また、上表のマテリアルバランスにおけるCO2e排出量は、ISO 14064-1を参照し、最新のCO2e排出係数を用いて算出している。具体的な算定方法は開示されていなかった。
以上のように、企業はそれぞれ算定範囲や方法を定め、スコープ3の算定に取り組んでいる。しかし、カテゴリー11に必要とされるシナリオが明確に開示されていない場合や、味の素のように具体的な算定方法は開示されていない場合もあり、開示状況には差があると言える。
〈参照〉サステナビリティデータブック2022「環境マネジメント」| 味の素グループ
(参考)カテゴリーごと算定の流れについて
サプライチェーン排出量の算定は、以下の4ステップから成る。
STEP1 算定目的の設定
STEP2 算定対象範囲の確認
STEP3 スコープ3活動の各カテゴリへの分類
STEP4 各カテゴリの算定
算定は、その目的を設定することから始まる。可能な限り算定精度を高めることが望ましいとされているが、活動量や排出原単位の詳細化や算定にかかる労力・コストの増大も懸念される。そのため、算定目的に応じた精度を意識しつつ、算定方法や取得するデータを考慮することが重要となる。
算出対象の設定
算定対象は、原則として以下の範囲とされている。設定した目的に合わせて、算定対象範囲の全体像を設定する。
区分 | 算定対象に含める範囲 |
温室効果ガス | エネルギー起源CO2、非エネルギー起源CO2、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボ ン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六ふっ化硫黄(SF6)、三ふっ化窒素(NF3) ※算定・報告・公表制度における温室効果ガスの種類と同じ |
組織的範囲 | 自社:自社及びグループ会社のすべての部門、すべての事業所(Scope1,2に含む範囲) 上流:Scope3カテゴリ1~8に該当する事業者下流:Scope3カテゴリ9~15に該当する事業者 |
地理的範囲 | 国内及び海外 |
活動の種類 | サプライチェーンにおける温室効果ガスの排出に関するすべての活動 |
時間的範囲 | 1年間の事業活動に係るサプライチェーン排出※自社の活動からの排出量については、算定対象とした時期に実際に排出した排出量だが、サプライチェーンの 上流や下流の排出量の排出時期は、自社の活動から温室効果ガスが排出される年度とは異なる場合がある。 |
データ収集部署の特定
算定対象を確認した後は、スコープ3活動を前述したカテゴリー1~15に分類していく。分類をおこなったら、算定目的が達成できるレベルを考慮しながら、各カテゴリーについて算定方針の決定、データ収集、排出量の算定を実施する。
データ収集では、カテゴリー分けした活動ごとに収集すべきデータを整理していく。以下、データ収集整理の例を示す。
カテゴリ | 該当する活動 | 収集すべきデータ | データ収集先 |
1.購入した製品・サービス | 原材料などの採掘、加⼯など | 原材料調達量、加⼯⽅法 | 調達部 |
2.資本財 | 工場などの資本財の製造や資材の採掘、加工など | 資本財投資額 | 経理部 |
7.雇用者の通勤 | 通勤に伴う移動 | 通勤費支給額 | 経理部 |
8.リース資産(上流) | リース使用している倉庫の運用時 | リース資産の稼働時のエネルギー使用量 | リース資産使用部署 |
「原材料などの採掘」という活動に対しては「原材料調達量」を「調達部」から収集、「雇用者の通勤」に対しては「通勤費支給額」を「経理部」から収集するというように、データ収集には他部門を巻き込むので手間がかかる。日常的なデータ収集ツールを用いるなど、仕組化することが重要である。
まとめ
スコープ3は、2050年カーボンニュートラル目標の達成には欠かせない概念として、昨今ますます注目されている。対応が難しいと感じるかもしれないが、まずは排出量の全体像を把握し、段階を踏んで対処していくことが必要である。算定を効率的に進めるには、日常的にデータを収集・整理しておくなど、普段からの取組も重要である。
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