SEC議長、ESG株主提案の政治化に警鐘―「企業統治の本質に立ち返るべき時」

10月9日、米証券取引委員会(SEC)のポール・S・アトキンス議長は、デラウェア大学のジョン・L・ワインバーグ企業統治センター設立25周年記念ガラで講演し、株主総会での環境・社会・ガバナンス(ESG)関連提案の増加が企業経営に過剰な負担を与えていると指摘した。議長は、近年の株主提案の多くが「企業価値向上とは関係の薄い政治的・社会的主張になりつつある」と警鐘を鳴らし、企業統治の本質を見失わないことの重要性を訴えた。

アトキンス議長は、SECの最優先課題として「公開企業市場を再び魅力的なものにする」ことを掲げ、上場企業数が2007年の約7,800社から現在は4,700社まで減少している現状を「危機的」と表現した。そのうえで、規制の簡素化、株主総会の脱政治化、そして訴訟制度改革を三本柱に据え、「IPOを再び魅力的なものにする」と述べた。

特に注目されたのは、ESG提案を中心とする株主総会の政治化への懸念である。議長は、近年の株主提案の多くが「助言的提案(precatory proposals)」、つまり企業に法的拘束力のない提案でありながら、経営陣の時間とコストを奪っていることを指摘した。デラウェア州法の下では、株主にこのような提案を行う権利が明示されていないことから、「SECルール14a-8の運用を見直し、企業が不適切な提案を排除できるようにすることも検討すべきだ」と語った。

アトキンス議長はまた、株主提案制度の改革を進める州の取り組みにも言及した。9月に施行されたテキサス州の新法は、株主が提案を提出するための要件として、少なくとも100万ドル相当または3%以上の株式保有を求めており、これを「企業の安定経営と責任ある株主対話を両立させる合理的な基準」と評価した。連邦レベルで一律のルールを押し付けるのではなく、州ごとの文化や市場構造に応じて柔軟に制度設計を行うべきだというのが議長の立場だ。

一方で、同氏は企業訴訟制度の現状にも強い懸念を示した。特に、デラウェア州が今年可決した「SB95法」により、企業が仲裁制度や訴訟費用の転嫁(fee shifting)を採用することが禁止された点を批判。「企業が自らの紛争解決手段を選ぶ自由を奪うことは、法的リスクを増大させ、結果的にデラウェア離れを加速させかねない」と述べた。こうした動きにより、企業が他州への再登録を検討するいわゆる“DExit(デラウェアからの脱出)”が進む可能性があると警告した。

講演の終盤、アトキンス議長は「公開企業の減少は避けられない運命ではない」と語り、ESG投資の拡大と企業統治のバランスを見直す必要性を強調した。「ESGは依然として重要な理念だが、それを政治的な道具や企業への圧力として用いることは本質を見誤らせる。いまこそ、市場の健全性と社会的責任の両立を制度的に再設計すべき時だ」と述べ、SECとしても株主提案制度や訴訟制度を含む包括的な改革に着手する方針を示した。

議長の発言は、ESG経営を推進する潮流に対する“逆風”と受け取られる一方で、ESGを「経営課題としてどう位置づけるか」という成熟段階に入った米国市場の現実を映し出しているとも言える。理念から実装へ、そして統治へ。ESGの次のステージが問われている。

(原文)Keynote Address at the John L. Weinberg Center for Corporate Governance’s 25th Anniversary Gala

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