
※本記事は、ESG Journal編集部が注目のニュースを取り上げ、独自の視点で考察しています。
サステナビリティ開示基準の国際動向
2025年9月10日、パリで開催されたOECDの円卓会議でポール・アトキンスSEC委員長は、基調講演を行い、サステナビリティ開示を巡る国際的な議論に一石を投じた。しかし、この発言は、単なる意見表明ではなく、今後のグローバルな情報開示の方向性を左右する可能性を秘めており、企業にとって見過ごせない出来事であろう。
ISSBとIFRS財団の予算
アトキンス氏は、IFRS財団のリソース配分について最も強く懸念している。現在、IFRS財団は、財務会計基準を策定する国際会計基準審議会(IASB)と、サステナビリティ開示基準を策定する国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の両方を統括している。
アトキンス氏によると、”ISSBの設立により、IASBの本来業務がおろそかになり、財団の限られた資金が分散される事態を強く警戒している。もし、IASBへの資金供給が不安定になれば、高品質な財務報告基準を継続的に策定する能力が損なわれ、ひいては、SECが2007年にIFRSを用いた外国企業に対する調整表の提出を不要とした決定の根拠が揺らぐことになる(基調講演ノート参照)。”としている。そもそも、調整表を不要とした前提には「IASBの「持続可能性・ガバナンス・独立性と安定的資金確保」があったが、ISSBばかりに予算が偏るのでは「安定的資金確保」の前提が崩れるため、IASBへの配分を主張しているものと考える。
なお、アトキンス氏は、IASBは「政治的・社会的課題の手段ではなく、信頼できる財務報告のための高品質基準に専念すべき」とも強調している。これは、サステナビリティ開示が財務報告の信頼性を損なう可能性を間接的に示唆しているとも言えるだろう。
CSRDへの懸念と「財務的重要性」の主張
アトキンス氏の批判は、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)にも向けられた。特に、CSRDが採用するダブルマテリアリティ(Double Materiality)は、財務的インパクトを重視する「財務的重要性(Financial Materiality)」とは異なる考え方にあることを指摘した。
さらに、CSRDやCSDDD(デューデリジェンス指令)が米国企業に課す報告負担に懸念を示し、これらの制度が環大西洋貿易を不当に制限しないよう、さらなる見直しが必要であるとも訴えた。
この発言は、米国とEUの間で情報開示に関する考え方を巡り「根本的な違い」があることを明確に示していると言えるだろう。
制度対応から戦略的開示へ
アトキンス委員長の講演は、企業に対し、サステナビリティ開示への対応を単なる「制度対応」として捉えることの危険性を警告していると言える。今後は、以下の点を考慮しておくとよいだろう。
- SECの動向を注視:
SECは今後も、財務報告の信頼性と投資家保護を最優先に据える姿勢を強める可能性がある。欧州の基準を導入するのではなく、米国の動向を注意深く見守る必要がある。 - 開示目的の明確化:
企業は、誰に、何のために情報を開示するのかを明確にすることが不可欠である。規制の遵守だけでなく、ESG投資家や金融機関など、特定のステークホルダーとの対話を通じて、自社の価値向上に資する戦略的な開示へとシフトしていくことが求められる。
アトキンス氏の言葉は、グローバルなサステナビリティ開示の波が、いまだ揺れ動く未確立の領域であることを改めて示している。企業がこの複雑な環境を navigatedしていくためには、規制の動向を追いながらも、自社の開示のあり方を能動的に見直すことが、ますます重要になってくるだろう。
参考:Keynote Address at the Inaugural OECD Roundtable on Global Financial Markets
文責:竹内愛子(ESG 専属ライター)