TNFDの開示にはどんな内容が求められるのか?ベータ版フレームワークv0.4からポイントを抽出。

2023年9月には、TNFDのフレームワークが完成し公開される予定である。国際的に、企業の自然資本(生物多様性)への影響や依存についての情報開示の可能性が高まりつつある。一部、先進的な企業はすでに開示を進めているが、どのようなことを開示すればよいのか具体的にわからない場合もあるだろう。ここでは、TNFDの最新版のフレームワークからポイントを絞って解説する。

TNFDの概要

TNFDとは

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)とは、業績に影響を及ぼし得る「自然資本」について、企業や金融機関が情報開示する際に必要な、枠組みを構築するための組織、またはそのフレームワークのことを指す。日本語では「自然関連財務情報開示タスクフォース」と訳される。

TNFDは2021年6月に、自然環境の安定や保護、特に「生物多様性」が社会の安定や企業の業績に与える影響を把握することを目的として設立された。

気候変動によってもたらされるリスクやチャンスに関する情報開示は、TCFDが先行していたが、生物多様性についても同様に評価や分析、戦略および財務への影響の開示が重要視されるようになった。

生物多様性の保護が重要視されるようになった背景には、加速的な生物資源の喪失がある。WWFの調査によると、1970年から2016年にかけて、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類の個体群は平均で68%の減少が指摘されている。そのため、生物多様性とビジネスとの関連性を明らかにし理解することが今後、持続可能な社会を存続させていく上で必要不可欠であるとされ、企業の取り組みを推進する動きが高まった。

近年では、TNFDのフレームワークv0.1が、2022年3月に発表され、企業の取り組み開示をさらに促進する動きが出始めた。その後、同年6月にはv0.2、11月にv0.3、2023年2月にv0.4と続き、9月には最終提言の発表を控えている。
TNFDもTCFD同様に「財務情報」に関連した情報の開示を求めている。これまでのように、自然資源の保護の観点だけでなく、持続可能な経営にも生物多様性の影響が大きくなってきているため、対応状況や影響(負荷)の大きさを開示する必要がある。

TNFDが正式に公開されるまでに、まず、自社の事業活動による生物多様性や自然資本に対する依存や影響などをはじめとする「リスクの把握と整理」から始めるとよいだろう。事業を展開する地域や国が生物多様性のリスクが高くないか、生物多様性のリスクが存在しないか、網羅的に把握し、そのプロセスを含め開示していくことになる。

事業活動が直接的または間接的に自然環境に悪影響を及ぼしてしまうと、企業・事業者自身も評判の低下や法的措置、経済的損失を通じて、負の影響を被る結果をもたらす可能性もある。
一方で、リスクの把握と整理を徹底した上で事業活動を行うことで、ステークホルダーに事業活動への理解を深めることにつながる。

TNFDとGBF(ポスト2020生物多様性枠組)の関連性

TNFDなどの国際的な生物多様性関連の取り組みやパートナーシップは、「GBF」の採択後に急速に進展することが予想される。

このGBFとは2020年から2030年までの10年間の新たな国際目標を含む「ポスト2020生物多様性枠組」(Post 2020 Global Biodiversity Framework)のことを指す。GBFの新たな目標にはビジネスに関係するものが多く、産業界も成り行きを注視することが推奨される。

TNFDは、GBFの目標を参考とするなど、GBFの基本理念に沿って生物多様性だけではなく社会面へ考慮する視点も含んでいるため、TNFD自体がGBFターゲットの達成ツールやインジケーターになる可能性もある。

なお、日本においても2023年2月28日には環境省が事務局を務める「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)」の第1回総会が、経団連会館にて開催された。

本総会で西村環境大臣は、「J-GBFは各界で人々の行動変容を促すことのできる立場の方々が参画する重要なプラットフォームであり、生物多様性と気候変動の2つの危機に対しては統合的対応を進めていく必要がある」と発言した。また、十倉J-GBF会長は、新たな国際目標で合意されたネイチャーポジティブの実現に向けて、J-GBFとして社会経済全体の変革を目指す「ネイチャーポジティブ宣言」を新たに公表した。

TNFDの開示項目

推奨されている開示項目

TNFDv0.4における開示推奨項目は、「ガバナンス、戦略、リスクとインパクト管理。指標と目標」4つの柱からなる。開示推奨項目は「TCFD(気候変動関連財務情報開示タスクフォース)」との整合性が高められており、TCFDが推奨する11項目全てを含む、以下14の項目から構成されている。


【出典】TNFD ベータ版フレームワークv0.4を公開 | PwC Japanグループ

v0.4では、「リスクとインパクト管理」の小項目としてバリューチェーンが区分け(細分化)されたことがポイントの1つである。「リスクとインパクト管理」において影響・依存、リスク・機会を特定するプロセスを直接オペレーションの「A(i)」と、上流・下流の「A(ii)」で項目として分けて整理されている。取引先の生物多様性への対応も把握し、そのプロセスを開示する必要がある。

また、「リスクとインパクト管理」の「D」では、ステークホルダーの表現が「権利保有者を含むステークホルダー」から「影響を受けるステークホルダー」に変更された。これは、事業活動を実施する地域やエリアにおいて暮らす人が含まれると想定される。つまり、自然資本を考える際、自然との接点の定義を明確にする必要があり、具体的な場所の把握・評価が重要となる。
さらに、その場所の生態系に依存しながら活動することで影響を受ける、多様なステークホルダーとの関係を把握しエンゲージメントを重ねることもまた重要であるといえる。

LEAPアプローチとは

LEAPアプローチとは、TNFDが自然関連リスクと機会を統合的に評価するために策定しているプロセスのことを指す。生物多様性のリスクが自社の事業活動のどこにあるのか、特定する際に参考にされたい。

LEAPは、自然との接点を発見する(Locate)、依存関係と影響を診断する(Evaluate)、リスクと機会を評価する(Assess)、自然関連リスクと機会に対応する準備を行い投資家に報告する(Prepare)の4フェーズから構成されている。各フェーズにおいての「初段階」の取り組み事例とともに紹介する。


【出典】TNFD(2022),” TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク エグゼクティブサマリー”, p.6

  • Locate:企業が保有する資産、バリューチェーン、サプライチェーンの拠点を特定する。次に拠点が接する生物群系や生態系を明らかにする。さらにその中から、喪失危機にある地域や重要な生物多様性を有する地域、水ストレスにさらされている地域などを特定する。特定した拠点と優先的に対応すべき地域のスクリーニングを行う。

例)海外工場の立地の国や地域を特定し、WWFなどが定義するリスクエリア(国際機関が危機的状況にあると指定するエリア)に近いかどうか判断する。

  • Evaluate:スクリーニングを行った拠点における企業活動を明らかにし、自然資本と生態系サービスへの依存と影響を確認する。TNFDは仮想のケーススタディにおいて、企業活動による自然資本と生態系サービスへの依存と影響を確認するためにオンラインツールを活用している。本ツールを通じて特定したインパクトドライバー(自然資本と生態系サービスを変化させる要素)、自然状況、生態系サービスに分類し影響を分析する計画を立てている。

例)特定したエリアでの、調達、排出(伐採量や採取量、排出量を把握する)など環境負荷を測定する。

  • Assessment / Prepare分析結果からリスクと機会を特定する。特定後は企業戦略と資源配分に落とし込むことで、開示アクションに向けた準備をする。

例)自然資源の調達に偏重していることによる、調達リスクや、気候変動や自然災害などのリスクを発生可能性や財務インパクトなどから評価し、まとめる。

開示すべき指標((定量的な情報)

TNFDv0.4では指標と目標についても示されている。フレームワークが確定し、下記の開示指標(定量的な情報)が求められる可能性が高い。下記の表を参照しながら、今のうちに対応できそうな情報は収集しておくか、その取得方法について検討を進めておくとよいだろう。

開示指標は、大きくコア指標と追加指標に分けられている。また、コア指標は、コアグローバル指標とコアセクター指標に分けられる。コアグローバル指標とは、業界をとわず共通して開示すべき項目(定量情報)をさし、コアセクター指標とは、セクター個別に起因する項目とされている。
なお、追加指標とは、事業や組織の状況に応じて開示することが望ましいとされている指標である。

まずは、特殊な事業を行っていない場合、コア指標の理解を深めて、着手することがよいだろう。開示指標のコア指標一覧は以下のとおりである。

自然変化のドライバー(インディケータ)指標(単位)
気候変動温室効果ガス排出量スコープ1・2・3のGHG 排出量(TCFD 参照)
陸上・淡水・海洋利用の変化陸地・淡水・海洋利用の変化の合計利用する土地・淡水・海洋の広さの変化 (㎢) ※生態系の種類別(変化の前後)、事業活動のタイプ別 (絶対値と前年度比)
優先度の高い生態系における土地/淡水/海洋利用の変化優先度の高い生態系における、利用する土地・淡水・海洋の広さの変化(㎢) ※生態系の種類別(変化の前後)、事業活動のタイプ別(絶対値と前年度比)
汚染・汚染除去土壌に放出された汚染物質の種類別の合計土壌に放出された汚染物質の合計 (t)
排水量と排水中の主な汚染物質の濃度排水量(m³)と排水中の主な汚染物質の濃度
有害廃棄物総発生総量廃棄物の種類別の有害廃棄物総量 (t)
大気汚染物質総量粒子状物質 (PM2.5/PM10等)(t)
窒素酸化物 (NO 2/NO/NO 3等)(t)
揮発性有機化合物 (VOC/NMVOC等)(t)
硫黄酸化物 (SO2/SO/SO3/SOX等)(t)
アンモニア (NH3)(t)
資源利用水ストレス地域からの取水・使用水ストレスのある地域での総取水量・使用量(m³)
陸地・海洋・淡水から調達されるリスクの高いコモディティの量土地・海洋・淡水から調達されたリスクの高いコモディティ(種類別)の量 (絶対量(t)、全体に占める割合、前年度比)
優先度の高い生態系から供給されるコモディティの量優先度の高い生態系から調達されたコモディティ(種類別)の量と割合(絶対量(t)、全体に占める割合、前年度比)
【出典】(三菱UFJリサーチ&コンサルティング TNFDβ版v0.4の公表と急速に進む生物多様性の議論

まとめ

v0.4では指標がより具体的に示されたり、影響・依存、リスク・機会を評価するアプローチ、プロセスであるLEAPアプローチについても更新があった。より具体的に自然関連のリスク分析や開示に関するイメージがつきやすくなったのではないだろうか。

TNFD開示を求められる企業や事業者にとっては、何をしたらよいか、または取り組む意義を判断するのが鮮明になったと言える。TCFDの開示を既に実施しているのであれば、アプローチも似ているところがあり、ビジネスにおけるリスクとチャンスを見出す機会になっていよう。

TNFDの最終版の公開は2023年の9月であるが、企業は最終版の公開を待たずに取り組みを進めておくことが必要である。LEAPアプローチを活用し、自社の活動がどのような場所、そして自然資本に依存しているかを把握し、どのような影響がありそうか、ミニマムに検討しておくことが、今後の柔軟な情報開示に寄与するだろう。

【おすすめ関連記事・ニュース】

ESGトレンド予測2023:https://esgjournaljapan.com/column/24795

「UNEP FI、TNFD開示に関する報告書を発行」:https://esgjournaljapan.com/world-news/28302 
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