近年、社会のサステナビリティ要請を踏まえ、ESGを重視する経営が国内外で注目を集めている。ESG経営の実現に欠かせないのが「マテリアリティ(重要課題)」の特定だ。マテリアリティは、企業がどんな課題を優先的に考え、積極的に取り組んでいくのかを内外に示す指標となる。
大企業を中心に、積極的に設置・公表されているマテリアリティだが、その分析・特定には多くの企業が苦心している。そんな中、スタートアップとしては異例のマテリアリティの公表を行ったのが、テクノロジーの力で保育や子育てを取り巻く課題を解決するユニファ株式会社だ。
なぜ今マテリアリティの特定に踏み切り、どのようなプロセスで実施したのか。取締役CFOでESG推進の責任者である星直人氏に、マテリアリティ特定の裏側について詳しくお話を伺った。
「大変だからやらない」というロジックはない
ーマテリアリティ特定を終えられて、今の率直なご感想をお聞かせ下さい。
【星】スタートアップは基本的にリソースがタイトなので、その中でマテリアリティのような、フォームが決まっていないものを一から作り上げるのは非常に大変な面もあったのは事実です。一方で、ESG自体を経営のコアとして捉えている我々にとって、「大変だからやらない」というロジックはありませんでした。
またマテリアリティは、ESG経営を行う上での大きなロードマップになると思っていたので、上場を見据える段階で特定することそのものが、ユニファの経営判断としても、意思表明としても正しいという信念がありました。
ー策定を行った後、社内外の反応はどうでしたか?
【星】社内では、「この段階で、ここまで色々考えているんだ」という反応を多くいただきました。全社会という全従業員が参加するミーティングで、マテリアリティの概要や何故その特定を行うかという目的もしっかり共有しましたし、ステークホルダーとして従業員にもインタビューを実施しました。ESGをボードルームだけの議論にせず、多くのメンバーに共感してもらいながら進めることを意識しました。
社外では、上場会社の経営者を含めてESGの知見がある方々から「未上場なのに、よくやり切ったね」というお言葉を頂けたのは非常に嬉しかったです。ただ正直、「マテリアリティ」という言葉が一般的になっているとはまだまだ言えない状況ですので、絶対量としての反応が多かったかというと必ずしもそうではなかったです。
一方で、こういったトピックに感度の高い未上場のスタートアップの経営陣の方々からは、同じようなことをやりたいから是非今度進め方を教えてください、というような反響があったことは、スタートアップのエコシステムの中でESGへの取り組みを広めていく上では一つの収穫でした。
ESGは資本市場における一つのコミュニケーションツール
ーESG・サステナビリティはこの半年から一年ぐらいでかなり注目を集めるようになっている一方で、取り組みが広まるのにはまだまだ時間がかかるように思います。ユニファでは、星様がCFOに入ってからESG経営を意識し始めたのでしょうか?
【星】仰る通りですね。私が参画する前後で事業内容の変化はありませんが、それをESGというフレームワークを利用した上での表現や発信は出来ていなかったと思います。私はESGは資本市場におけるコミュニケーションツールの一つだと捉えているのですが、ESGを活用できているスタートアップはまだ多くはないなという印象です。ESGに関連する事業をやっているスタートアップは、それを対外的に発信していくことが資本市場とのコミュニケーションとしても大事ですし、もっといえば、将来我々の従業員になってくれるかもしれない方々や、その他のステークホルダーへのコミュニケーションとして、自社にとってのESGをしっかりと言語化して、外部に発信することが重要だと思っていて、そのために何が必要かを弊社代表の土岐と話し合いながら進めています。
ーここからはマテリアリティ策定の具体的なプロセスについて教えてください。
【星】マテリアリティに関する取り組みを本格的に始めたのはシリーズDのファイナンス後の2022年の年明けからなのですが、下準備は2021年の後半から始めていましたので、そこも含めると大体半年ぐらいかけて取り組みました。
プロジェクトチームとしては経営企画チームをコアメンバーとしつつ、分科会の一部としてはビジネスサイドやエンジニアのメンバーも関わっています。
ーステークホルダーとはどのようにコミュニケーションを取られたのですか?
【星】ファーストステップとしては、マテリアリティ項目のロングリストを作りました。その中で我々が適切だと思う仮説を整理し、当社にとってより重要性が高いものをショートリスト化しました。最終的には、そのショートリストを基に各ステークホルダー、今回でいえば当社の顧客やビジネスパートナー、自治体の方々であったり、我々のビジネスに関係する重要なステークホルダーにインタビューを実施し、リストの中で重要性が高い項目を確認・検証しました。
ーインタビューをする中で、意外な部分や実施して良かった部分があればお聞かせください。
【星】マテリアリティに関して、社外の意見と社内の意見でと一致しているところ・一致していないところがそれぞれあったのは一つの発見でした。保育関連業務の負荷軽減や、子どもの健やかな発達などはお互い一致していたのですが、例えばガバナンスに関する考え方は当初の想定からは少しずれていました。
また、資本市場では、ESGの中でも特にEの分野が大きなトレンドだと思います。実は、我々の株主の一部からも、ESGのEに特に取り組んでほしいとの話も頂いていました。しかし、我々の仮説としては、ユニファはソフトウェアを提供しているスタートアップであり、製造業のように工場を所有している訳でないため、そのレバーはオフィスの空調等に限定され、相対的な意味での重要度は必ずしも高くない可能性もあると考えていました。実際、今回、多くのステークホルダーにヒアリングしたところ、ほぼ全てのステークホルダーが我々と同様にCO2の削減はあまり期待していないことが分かったので、実態として我々のステークホルダーが何を考えているかがクリアになったのは大きいかなと思います。
ー今回、マテリアリティの特定にあたって株主の方も伴走したとお聞きしました。株主の方とはどのような関わり方をされたのでしょうか?
【星】特に伴走いただいたのは株主のGLIN Impact Capital (以下「GLIN」)やMPower Partners(以下「MPower」)です。MPowerからは、グローバルのトレンドや他社の取り組みをご教示頂きました。GLINは、上場企業のマテリアリティ特定のアドバイザリー経験もあったので、実務的なアドバイスを頂きながら、本邦におけるスタンダードを理解しつつ進めました。
なお、今回のマテリアリティ特定プロセスで20名以上のステークホルダーへのインタビュー実施を決めた際に、上場企業と同等かそれ以上に詳細に取り組んでいると驚かれました。プラクティスが固定化されていないこともあり、ステークホルダーへのインタビューをしっかり取り組んでいる会社は実はそこまで多くないらしいんですね。ただ、私たちはそこの部分で手を抜いたら取り組んだ意味がないと思っていて、説明責任を果たす意識も持ちながら、幅広いステークホルダーに向き合いました。
ーマテリアリティを策定するにあたって、何か基準にされたものはありますか?
【星】マテリアリティの最初のロングリストでは、GRI・MSCI・SDGs等も含めて、グローバルでよく使われるフレームワークを幅広く活用した上で絞り込みをしています。
ー最初から決め打ちしたわけではなく、色々なスタンダードをベースにしながら決められたということですね。
【星】はい。特定の進め方が固定化されている訳ではなく、手探りで進めていたので、GLINとどういう形で進めるのが一番合理的で、かつステークホルダーに説明責任を果たせるかを協議し、結果としてロングリストからショートリスト、インタビューといった段階的なステップに繋がり、最も説明責任が果たせるマテリアリティ特定になったと感じています。
ー今後はマテリアリティに基づいたESG経営を意識されていくかと思いますが、ネクストステップについて戦略的な部分も含めてお聞かせください。
【星】ネクストステップでいうと、マテリアリティに関連するKPIをトラックしていくことだと思います。KPIをトラックしつつ、自分たちの身の丈に合った改善を行う。定量化しないと、本当にうまくいっているか・いっていないかは分からないと思うので、KPIをトラッキングして、PDCAを回すのが大きなネクストステップかなと思っています。
開示の部分は、何をどこまでやるかはマーケットスタンダードも含めて決まっていない部分も多いのですし、逆にKPIの全てを外部開示している事例はグローバルでも殆ど存在しないと認識していますので、現時点では全てを公開することを目的にしておりません。我々はあくまで開示は手段だと思っているので、まずは社内でしっかりPDCAを回すことを重視し、その上で何を外に出すべきかを世の中のスタンダードも見ながら適切に判断したいと考えています。
早い段階から正しいことをやり続ける
ー今回の取り組みを通して、スタートアップや未上場の会社が初期の段階からESG経営に取り組む重要性について感じていらっしゃることはありますか?
【星】これからESGへの取り組みは、資本市場と対話する上では「better to have」ではなくて、「must have」になると思っています。must haveに向かう中でも、よりESGの考え方を強く求められているのは大企業なので、スタートアップのフェーズではどうしても優先順位が下がってしまいますが、ESGはある意味企業のカルチャー・性格を形成するものなので、早い段階から取り組んでいないと、一定規模になっていざやろうと思ってもそんな簡単に浸透しない。外部から要請に基づき受動的に対応するのではなく、早い段階から組織にESGという考えを根付かせることによって、スムーズに市場が求める基準に近づくことができると思います。その意味では、スタートアップにおいて早い段階でのValue浸透が重要なのと同様だと思ってます。
例えば、女性の管理職比率は、現時点では公表していないのですが、我々は既に約3割に達しています。上場企業では、投資家から求められたので改善するという実態も多いとは思いますが、我々としては、自分たちにとっての「do the right things」を整理し、早い段階から正しいことをやり続けることで、ESG経営の浸透やステークホルダー全体の効用最大化に繋がると考えています。
さいごに
ESG経営に注目が集まる中、ESGへの取り組みを対外に発信する必要性もますます高まっている。しかし、その指標となるマテリアリティに定まった形はなく、各社が手探りの中で取り組みを進めているのが現状だ。
レイターステージの国内スタートアップでは初となるマテリアリティ特定を行い、ESG経営の先陣をきるユニファ株式会社にこれからも注目したい。
【参照ページ】
パーパス実現に向けて「マテリアリティ(重要課題)」を公開。社会課題解決型スタートアップとして、ESG経営をより一層推進。