TCFDをわかりやすく!実施手順と陥りがちなポイントを紹介

2022年から日本のプライム市場に上場する企業は、TCFDに準じた開示をすることが求められている。一方、TCFDの必要性は認識しているが、どのような手順であるか理解しにくい場合があるだろう。また、初年度の取り組みとして、TCFDのガイダンスのとおり進めたものの、これでよいのか不安という声も聞かれる。本稿では、TCFD開示の手順をわかりやすく解説するとともに、陥りがちなポイントについても説明する。

TCFDとは

TCFDは「Task force on Climate-related Financial Disclosures」の略であり、企業による気候変動関連の財務情報開示を推奨する組織である。G20の要請を受け、2016年に金融安定理事会(FSB)によって設立された。日本では「気候関連財務情報開示タスクフォース」と呼ばれている。
2017年6月に公表した最終報告書では、すべての企業に対し、2℃目標等の気候シナリオを用いて、自社の気候関連リスク・機械を評価し、経営戦略・リスクへの反映、その財務上の影響を把握、開示することを推奨している。気候関連のリスクを一貫性があり比較可能な形で報告することを目的としており、情報開示を行う企業、銀行、投資家に広く利用されている。

TCFDが求めているポイントは「財務情報開示」

TCFDの基準によれば、企業は気候変動による事業活動への財政的な影響を予測し、それに対してどのような対策を立てているのかについて、具体的な数値や財務関連を含めて開示しなければならない。TCFDの基準で留意しなくてはならないのが、現状の財政状況のみならず、将来的な影響も含めた財務情報の開示が求められる点だ。これらの情報を受け、投資家や金融機関が投資判断を実施するためである。

TCFDは企業に対し気候変動への取り組みの可視化を働きかけるだけでなく、投資家への適切な投資判断を促進する役割も持っている

TCFDが必要とされる背景(サステナビリティ)

TCFDの必要性が高まっている背景には、企業価値判断の要素として捉えられるようになったサステナビリティの考えの広がりや要請の高まりが挙げられる。

地球規模で気候変動が深刻化していることを受け、2015年にGHG排出削減に向けパリ協定が締結された。具体的な取り組みとして、以下が決定された。

  • 世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較し1.5°C、最低でも2°Cに抑える努力を追求
  • 5年毎に全ての国が削減目標を提出・更新
  • 二国間クレジット制度(JCM)を含めた市場メカニズムの活用

上記の取り組みの強化に当たっては、企業の協力も不可欠であるとして、財務状況だけでなく非財務状況も考慮する「ESG投資」が増加。ESG投資では、社会的意義やサステナビリティの高い企業を評価する一方、物理的リスクや移行リスクは避けなければならない。このような経緯から、財務諸表だけでは見えない企業の情報にアクセスし、企業の気候変動対策に基づいて投資する上で、TCFDの重要性は高まっているのである。

※物理的リスク:自然災害による財物損壊、グローバルサプライチェーンの寸断、資源枯渇など
※移行リスク:低炭素経済の移行に際し、GHGガス排出量の大きい企業の再評価によりもたらされるリスク

TCFDの開示手順

開示の4分野

TCFD提言に取り組むに当たっては、以下の4分野からなる財務情報の開示が望ましい。

ガバナンス気候変動へのリスクに対し、企業はどのように意思決定をしているか
戦略気候変動へのリスクが企業戦略・財務にどのような影響を与えうるか
リスクマネジメント気候変動へのリスクをどのように選定・評価・管理しているか
指標と目標気候変動へのリスクを管理・評価する際の指標と目標は何か

各分野はさらに2〜3項目程度に細分化されており、全部で11項目ある。細かな項目があると全てに対応しなくてはと思われがちだが、、必ずしも11項目すべてを開示する必要はない。投資先や金融機関が、当該企業の財務状況による気候変動への影響を知るために必要となる情報が網羅されているかどうかが重要となる。

ガバナンス

ガバナンスでは、経営陣・取締役がどの程度気候変動に対するリスクを把握し、責任を負っているかの開示が求められる。以下の2項目からなる。

  • 取締役会による監視体制の説明
  • 評価・管理する上での経営者の役割を説明

ガバナンスに関しては、2022年GPIFの「優れたTCFD開示」にて、国内株式運用機関から最多の選定を受けたキリングループの取り組みが参考になる。

同社は、グループ横断的な環境問題への対応として、社長及び役員で構成される「グループCSV委員会」を年3回設け、決定事項については取締役会に上程している。また、環境全体の基本方針や経営計画の審議だけにとどまらず、役員報酬では連動する非財務目標指標としてGHG排出量削減を設定している。これらの例から、役員レベル以上がガバナンスに対して高い意識を持っているかどうかが重要であることがうかがえる。

参考:TCFD提言に基づく開示|キリングループ

戦略

戦略では、気候関連のリスク・機会が企業のビジネス・戦略・財務計画にどのように影響しているか、または今後影響する可能性があるかについての開示が求められる。

  • 短期・中期・長期における気候変動へのリスク・機会
  • 気候関連のリスク・機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響
  • 様々な気候関連シナリオに基づく検討を踏まえた戦略のレジリエンスについての説明:シナリオ分析

特に、TCFDにおいて強く実施が推奨されているのが3つ目の「シナリオ分析」である。

シナリオ分析では、主に気候変動の影響を考慮した未来予測について、複数のシナリオを用意し分析を行う。企業には、正反対の結果となるシナリオを用意した上で、どのようなリスクを想定し対応するのかについての詳細な説明も求められる。これにより、将来の不確実性に対し、主観やバイアスを排除した建設的な議論・対話が可能となる。

環境省は、シナリオ分析の具体的な実践方法の手引きを公開している。シナリオ分析は以下の6つのステップで構成される。

①シナリオ分析を始めるにあたって
経営陣の理解の獲得、社内を巻き込む体制の構築分析対象の選定(地域、事業範囲、ビジネスモデルなど)分析時間軸の設定(将来見据える目標は何年先か)
②リスク重要度の評価
リスク・機会項目の列挙事業インパクトの定性化リスク重要度評価
③シナリオ群の定義
複数の気温上昇のシナリオ選択(2°C、4°C、1.5°C)関連パラメータの客観的な将来情報の入手(IEAやSSPなど)ステークホルダーを意識した世界観の整理
④事業インパクト評価
リスク・機会が影響を及ぼす財務項目の把握算定式の検討と財務的影響の試算成行の財務項目とのギャップを把握
⑤対応策の定義
自社のリスク・機会に関する対応状況の把握リスク対応・機会獲得に向けた今後の対応策の検討社内体制の構築と具体的アクション、シナリオ分析の進め方の検討
⑥文書化と情報開示
TCFD開示項目とシナリオ分析の関係性の記載各ステップを検討結果の記載
参考:TCFDを活用した経営戦略立案のススメ|環境省

例としてキリングループでは、細かく事業ごとに具体的なリスク評価を実施している。物理的リスクを「慢性リスク」「急性リスク」に分けた上で想定されるリスクをリストアップし、それぞれに応じた戦略を立てているのが分かる。気候変動による原料農産物収量インパクト、収量減による農産物調達コストインパクトに関して、複数の学術論文を用いて試算しており明晰である。

シナリオ分析には多角的な視点や能力が求められるため、コンサルタントなどの専門家に依頼するのが望ましい。一方で、分析のもととなるデータ管理は重要となるため、日頃から一元管理するなどの対応には留意されたい。

参考:TCFD提言に基づく開示|キリングループ

リスクマネジメント

リスクマネジメントでは、気候関連のリスクに関して、企業がどのように選定・評価・管理しているかを示さなければならない。

  • 選別・評価プロセス
  • 気候関連のリスクをどのように優先づけ、軽減し、制御するかにおけるプロセス
  • 上記2つのプロセスが組織全体のリスク管理とどのように統合されるか

指標と目標

指標と目標は、気候関連のリスク・機会を評価・管理する際に使用する。以下3つの項目からなる。

  • 組織の戦略とリスク管理におけるプロセスに即し、気候関連のリスク・機会の評価指標を開示
  • スコープ1/2/3におけるGHG排出量を開示
  • 気候関連のリスク・機会を管理するための目標と実績を説明

キリングループは、指標と目標において財務インパクトを明確に記載している点が特徴だ。試算された財務インパクトを踏まえた適応策・緩和策を設定し、それぞれ評価指標及びGHG排出量削減目標に応じた目標と実績が細かく設定されている。

参考:TCFD提言に基づく開示|キリングループ

TCFDの開示で陥りがちなポイント

TCFDの開示では、以下の2点に注意されたい。

  • 財務情報の開示が不足している
  • TCFDのみが独立した取り組みに見える

財務情報の開示が不足している

TCFDは、投資家への適切な投資判断を促すことも目的としているため、具体的な数値や財務関連の開示が必須である。気候変動による財務インパクトを詳細に開示しなければ、TCFDが求める開示にはならない点には注意が必要だ。

参考例として、最多の8機関から「優れたTCFD開示」に選定されたキリングループの評価ポイントを以下で紹介する。

  • リスクが発現する期間を短期・中期・長期で抑えた上で戦略に落とし込んでいる
  • 財務インパクトが詳細に記載されており、将来の企業価値への影響が評価しやすい
  • 財務インパクトでは具体的な適応策と緩和策を記載している
  • 気候変動等の非財務指標も業績評価指標の一部として採用している

上記のように、財務情報が明確であれば、投資家サイドの要求を満たすことができ、より建設的な対話にも臨める。特にTCFDの取り組みが初年度である場合、できるだけ財務インパクトを意識した開示を推奨する。

TCFDのみが独立した取り組みに見える

ESGウォッシュとの関連性が高いのが、TCFDの取り組みと実際の事業活動とのギャップが大きい点である。ステークホルダーからの要求に応じ、形だけTCFD開示を実施したとしても、実際に戦略策定に落とし込み、全社的なリスク評価を行わなければ形骸化するリスクが考えられる。

投資家に対する説明に矛盾やずれが生じてしまっては、外部からの評価は上がらないばかりか、かえって信用力や企業価値の低下につながり逆効果となるだろう。TCFDのために取り組みを進めるのではなく、中長期的な視点を前提とし、企業のサステナビリティの取り組みの延長にTCFDを位置付けるとよいだろう。全社的な取り組みとするためにも、経営のコミットメントおよび正確なデータ管理は重要だ。

まとめ

気候変動リスクの軽減に向けて、企業の担う社会的責任は大きい。ESG投資が拡大する中、TCFDの存在感はますます大きくなっている。また、自然資本に関する財務情報開示を求めるTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)においても、TCFDの考え方を多く取り入れている。TNFDだけでなく、その他の開示基準においても今後TCFDが参考とされる可能性もあるので、TCFDを深く理解することは、今後のサステナビリティ戦略においても重要であろう。

TCFDに取り組む企業は、気候変動による事業活動への財務インパクトとそれに対する具体的な対策を開示した上で、実際の事業活動に深く落とし込んでいくことを推奨する。

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