
※本記事は、ESG Journal編集部が注目のニュースを取り上げ、独自の視点で考察しています。
統合報告書では、気候変動や人権、人的資本といった共通のサステナビリティ課題が多く取り上げられている。そのため、一見するとどの企業も似たような内容に見え、「差別化は難しいのでは」と感じるかもしれない。だが実際には、サステナビリティ課題に対してどのようなアプローチを取り、経営戦略とどう結び付けているかによって、統合報告書の伝わり方には大きな違いが生まれている。
2025年3月11日、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、統合報告書を対象とする評価結果を公表した。本評価結果では、企業がどのようにESG情報と経営戦略を結び付けているか、情報の整理や伝え方にどのような工夫がなされているかといった点が注視されており、単なる形式的な開示から一歩進んだ取り組みが高く評価されている。
統合思考の実践
評価結果において高い評価を得た企業には、伊藤忠商事、日立製作所、味の素、野村総合研究所、ソニーグループなどが挙げられている。これらの企業に共通するのは、経営戦略とサステナビリティの課題が明確に整理されており、全体を通して一貫したストーリーが構築されている点である。ESGの取り組みが経営計画や資本配分と自然につながっており、報告書全体に“統合”の姿勢が表れている。
定量的な指標(KPI)
非財務情報の定量的な開示も注目されている。たとえば味の素では、環境や人材に関する取り組みについて、定量目標とその進捗が具体的に記されており、継続的な取り組みとしての説得力がある。ソニーグループや野村総合研究所では、社長や役員のメッセージにおいて、自社のESG課題やその背景にある考え方が自身の言葉で語られており、読み手に誠実な印象を与える構成となっている。
共通の課題
一方で、多くの企業にとっては、情報の整理や読みやすさの点で改善の余地が残されている。ESGと経営戦略の関係がやや曖昧であったり、マテリアリティの優先順位づけが不明確であったりするケースも見受けられた。GPIFの評価結果では、情報の“つながり”や“伝わり方”が今後の統合報告書における差別化のポイントになることが示唆されている。
今後、統合報告書に求められるのは、企業がどのような価値を社会に提供し、それをどのように経営と結び付けていくかを、具体的な数値や活動とともにわかりやすく伝えることである。マテリアリティの背景を丁寧に説明し、非財務KPIを通じて進捗と成果を可視化し、読み手に納得感を与える構成が求められる。
統合報告書は、単なる情報の棚卸しではなく、企業のビジョンや価値創造への意志を社会に届ける「未来への提案書」である。GPIFによる評価にもあるように、統合報告とは自社の戦略や経営にサステナビリティがどのように「統合」されているかを説明するものであり、規制対応の枠を超えていくものであると考える。
関連オリジナル解説記事
統合報告書の質を高めるうえで、KPIの設定と運用は欠かせない要素である。特に非財務情報の開示においては、どの指標をどのように測定・管理するかが、報告全体の信頼性を左右する。
このKPIの整理には、オムニバス草案前に提示されていた欧州のESRS(European Sustainability Reporting Standards)に示されている定量情報項目が大変参考になる(詳細に定めらており網羅的であるため)。求められる情報の粒度や構造を確認できるので参考になるだろう。
ESRSの定性・定量情報をすっきり整理!開示準備にむけた一覧
文:竹内愛子(ESG専属ライター)