【ESG for Startups 第7弾】水素・アンモニア領域のスタートアップ

【ESG for Startups 第7弾】水素・アンモニア領域のスタートアップ

皆さん、こんにちは!創業前後のスタートアップへ投資を行うジェネシア・ベンチャーズで、パートナー兼CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)を務めている河合です。

スタートアップ関連のESG情報を発信していく連載企画『ESG for Startups』の第7回目となる本稿では、カーボンニュートラルの実現に向けて、電力部門および非電力部門の両方から脚光を浴びる「水素・アンモニア産業」の発展に貢献する世界のスタートアップ企業をご紹介します。また、その前提として、水素やアンモニアが脱炭素社会の実現に重要な役割を果たすと期待されている背景や、水素やアンモニアの特性および課題についても改めて整理してみました。(筆者のTwitterアカウントのフォローもぜひお願いします!)


水素・アンモニアに期待が寄せられている背景

カーボンニュートラルを実現するためには、「電力部門」における脱炭素電源の拡大と、「非電力部門」における燃料・熱利用における電化の促進や、水素化、メタネーション、合成燃料等を通じた脱炭素化を進めることが必要になります。
「電力部門」における施策の中心は、再生可能エネルギーや原子力発電の活用になりますが、もう一つの柱はカーボンフリー火力であり、水素やアンモニアの活用が期待されています。変動電源である再生可能エネルギーのバックアップという観点からも、再生可能エネルギーとカーボンフリー火力を組み合わせることが、カーボンニュートラルに向けた実効性の高いトランジション戦略となるのです。なお、政府は2030年までに、ガス火力への30%水素混焼、石炭火力への20%アンモニア混焼の導入・普及を目標に掲げています。
「非電力部門」の施策としては、電気自動車やヒートポンプの普及による電化が求められる一方、産業部門の製造プロセスには高温の熱が必要とされるものがあること、燃焼機器や熱供給機器が大型であること、安価な熱エネルギー源が必要とされることから、産業部門で利用されている熱の脱炭素化は容易ではありません。そこで、水素還元製鉄の導入や、燃料としての水素やアンモニアの利用拡大が必要になってくるのです。また、都市ガス代替として期待される合成メタン(メタネーション)も、水素と二酸化炭素から合成するという意味では、水素利用の一環と捉えることができます。
従って、カーボンニュートラルの実現には、「電力部門」と「非電力部門」の両方において、水素やアンモニアが重要な役割を担うと期待されているのです。

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水素の特徴

水素は燃焼しても二酸化炭素を排出しないため、化石燃料の代替やエネルギー貯蔵手段としての利用が期待されています。
水素は無色・無臭・無毒かつ最も軽い気体で、一般的には天然ガスの水蒸気改質または水電解によって製造されます。天然ガスの水蒸気改質では、化石燃料を高温で水蒸気と反応させることで水素を発生させます。現在、製油所内の水素製造設備や水素ステーション用の水素製造設備など、実用化されている水素の殆どがこの方法で作られています。もう一方の水電解は、水を電気分解して水素を製造する方法になります。このほかにも、電気エネルギーの代わりに光エネルギーを使って水素を発生させる方法として光触媒があり、まだ実用段階にはないものの、日本で開発された技術で研究も日本がリードしています。
現在主流となっている天然ガスの水蒸気改質では、水素製造時に二酸化炭素を排出することになるため、カーボンニュートラルの実現には水電解による水素製造の普及が必要となりますが、その鍵となるのは製造コストです。現時点では、水電解による水素の製造コストは、天然ガスの水蒸気改質の約2倍となっており、大量かつ安価に水素を製造できる水電解の方法確立が期待されています。
水素はエネルギーキャリアとして優れた性質を持ちますが、デメリットを上げるとすれば、水素は常温では気体で体積が大きく、貯めるにしても運ぶにしても不便で、軽い気体のため僅かな隙間から漏れて拡散するなど取り扱いが難しいという問題があります。また、水素は重量あたりの燃焼熱は大きいものの、体積あたりのエネルギー量は都市ガスに比べて3分の1程度であるため、大量の水素を効率的に貯蔵・運搬するためには、超高圧圧縮でボンベに貯蔵するなど特殊な技術を用いる必要があり、その結果として運搬コストが高くなってしまうという課題があります。

アンモニアの特徴

アンモニアは窒素原子1つと水素原子3つが結合したもので、常温では無色透明で強い刺激臭があり、圧縮すると容易に液化できます。アンモニアは世界で2番目に多く製造されている化学品で、主に農業用肥料などに用いられていますが、水素に比べて貯蔵や運搬が簡単でコストも抑えられることから、近年は、水素を一時的にアンモニアに変換して使用する水素キャリアとしてのアンモニア利用に関心が集まっています。アンモニアは、体積当たりの高い水素密度、低圧で容易に液化して輸送しやすいこと、長期貯蔵に対する高い安定性、高い自然発火温度などの様々なメリットを持っています。
アンモニアも水素と同様に、燃焼しても二酸化炭素を排出しない燃料で、輸送技術も確立していることから、まずは燃料としてアンモニアを大量に輸入し、化石燃料の代わりに直接利用する手法が研究されています。石炭火力発電所で石炭と混焼すれば、二酸化炭素排出量を大きく抑えることが可能で、仮に国内の大手電力会社が保有する全ての石炭火力発電所で20%のアンモニア混焼が実現できれば、電力部門での二酸化炭素排出量は現在より約10%削減できると試算されています。
アンモニアは、既に安全に運搬する技術が確立しており、既存インフラを活用できるため、最終的な発電コストも水素に比べて低く抑えることができます。経済産業省によれば、1kWhあたりの発電コストは水素の約4分の1となっています。
現在主流のアンモニア製造方法はハーバー・ボッシュ法ですが、高温・高圧のもとで窒素と水素を反応させてアンモニアを生み出すため、大量のエネルギーを消費するという課題があります。また、アンモニアは窒素を含むため、燃焼すると窒素酸化物を排出する性質がありますが、高濃度の二酸化窒素は呼吸器に悪影響を与えるほか、光化学スモッグや酸性雨の原因にもなります。アンモニア発電の実用化に向けては、窒素酸化物の制御や排出抑制が必要になります。

合成メタンの特徴

都市ガス産業の施策の柱となるのは、水素と二酸化炭素から都市ガスの主成分であるメタンを合成するメタネーションです。水素はメタンに比べて容積あたりの熱量が小さいため、既存の熱需要を満たすためには導管の大幅増設に多大な追加投資を必要としますが、合成メタンであれば既存の導管や需要側のガス器具・インフラ・設備がほぼそのまま活用できるため、コストを抑えながら脱炭素化を図ることが可能になります。

世界の水素関連スタートアップ

1. H2Pro(イスラエル)

H2Proは、イスラエル工科大学が開発した水素製造技術を基に、グリーン水素の普及を目指しています。水素の水電解は製造コストが実用化の妨げとなっていますが、通常の水電解では酸素と水素が同時に発生するため、これらを分離するための隔離膜がコスト増の一因になっていました。これに対して、同社が開発する新たな水素製造技術「E-TAC」では、特殊な電極を用いて酸素と水素を別々に発生させるため隔離膜が必要なくなり、電気分解を効率的かつ安価に行うことができます。従来のやり方ではエネルギーの30%以上が失われていましたが、「E-TAC」では損失を5%まで抑えることができます。また、2030年には最大でこれまでの10分の1となる、水素1キログラム当たり1ドルで製造することを目指しており、2023年のパイロット版提供、2024年の一般販売に向けて施設整備や研究開発を進めています。

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(出所:H2Pro)

 2. Electric Hydrogen(米国)

First Solar と Tesla のエネルギー移行のベテランチームによって設立されたElectric Hydrogenは、水を水素と酸素に電気分解するための革新的な電解槽技術を開発しており、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを動力源としてグリーン水素を安価かつ大量に生成することを目指しています。2022年7 月には、シリーズBラウンドで投資家から198百万ドルを調達し、高スループット電解槽および製造技術のスケールアップと、産業およびインフラ向けの大規模なパイロットプロジェクトに活用するとしています。

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(出所:Electric Hydrogen)

3. Syzygy Plasmonics(米国)

Syzygyは、米国ライス大学で開発された高性能光触媒を利用して、水素製造などの様々な化学反応を電化する世界最先端の技術を有しており、通常の熱分解よりも低エネルギー・低コスト・高効率で水素を製造することができます。同社のソリューションは、高性能光触媒と、高コストな金属合金の代わりにガラスやアルミニウムなどの一般的で低コストな材料を使用したリアクターを組み合わせ、化学物質や燃料の製造に化石燃料ベースの熱エネルギーではなく光エネルギーを使用します。アンモニア分解による水素製造の他にも、水の電気分解、水蒸気や天然ガスの改質といった化学反応への適用を目指しています。

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(出所:Syzygy Plasmonics)

4. Monolith(米国)

Monolithは、天然ガスなどに多く含まれるメタンから水素と固体炭素を取り出す「プラズマ熱分解」と呼ばれる先進技術を持っています。ネブラスカ州ハラムにある同社の工場では、水を分解する代わりに天然ガスを直接熱分解することで、水素製造過程で二酸化炭素を排出しないクリーンな水素(ターコイズ水素:メタンの熱分解により得られる水素)と、ゴムや塗料などの日用品に使用される原料として利用価値の高い固体炭素を製造しています。同社では、二つの製品を作ることで電力を効率良く使用することができ、コスト競争力を高められると見込んでいます。

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(出所:Monolith)

5. Universal Hydrogen(米国)

Universal Hydrogenは、水素航空機用の水素貯蔵カプセルおよび水素発動機(パワートレイン)の開発を手掛けています。貨物のように扱えるモジュール式の水素貯蔵カプセルを用いた水素物流ネットワークを構築することで、空港での新たな燃料補給インフラの整備を不要にし、燃料搭載作業の迅速化を可能にします。

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(出所:Universal Hydrogen)

6. アトミス(日本)

アトミスは、京都大学発のスタートアップで、多孔性配位高分子という素材を開発しています。この素材はビーズ状の素材に小さな穴が無数に開いたもので、圧力をかけると穴の中に気体の分子が入り込み、常温でも液体並みの密度で気体を運ぶことができます。穴の構造によって扱う気体を変えられるため、2023年にメタンガス、2028年に水素への応用を目指しています。

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(出所:アトミス)

7. GRZ Technologies(スイス)

GRZ Technologiesは、スイス連邦工科大学からスピンオフした、金属を用いた水素貯蔵の技術を持つスイスのスタートアップ企業です。金属と接触した水素分子が水素原子に解離して金属に吸収されます。このプロセスは大気圧下で安全に進行し、高い水素密度による吸収貯蔵を達成しているほか、完全に可逆的に取り扱うことができます。

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(出所:GRZ Technologies)

世界のアンモニア関連スタートアップ

8. Starfire Energy(米国)

Starfire Energyは、低圧・省エネルギーな触媒技術を用いて、分散型グリーンアンモニア製造モジュール「Rapid Ramp」と、アンモニアを水素に分解するシステム「Prometheus Fire」を開発しており、再生可能エネルギー、空気、水のみを投入してグリーンアンモニアを製造します。再生可能エネルギー電源への直接接続を可能にし、またサイトでの組み立ても容易であることから、需要地において低コストで安定的に燃料を供給することが可能です。

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(出所:Starfire Energy)

9. つばめBHB(日本)

つばめBHBは、東京工業大学で発見・発明された、小型アンモニア製造プラント向けのエレクトライド触媒や、大規模アンモニア製造プラント向けに研究開発を進めている非貴金属触媒を活用し、従来よりも低温・低圧な条件でアンモニアを製造する技術の商業化を目指しています。同社の技術によって、アンモニア製造時の環境負荷の低減や、アンモニア合成時のエネルギーの高効率化が実現すると期待されています。

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(出所:つばめBHB)

10. Amogy(米国)

Amogyは、アンモニアを高効率で電力に変換する技術を開発しており、同社のソリューションは水素燃料電池の先進テクノロジーと燃料源としてのアンモニアの優位性を組み合わせて利用しています。同社が開発したアンモニアベースの出力100kWの燃料電池トラクターでは、従来のディーゼルエンジンのように短時間で簡単に燃料補給ができ、1回の補給で数時間分の電力を供給できます。これは農業分野をはじめ、トラック輸送部門の脱炭素化につながる重要なマイルストーンであり、今後は大型トラックや輸送船の実証実験も予定しています。

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(出所:Amogy)

おわりに

現時点では、まだ技術面やコスト面での課題も残されており、また今後は大規模な需給サプライチェーンの構築なども必要になると思われますが、カーボンニュートラル実現のため、将来的には私達の日々の生活や経済活動に水素を使うことが浸透した「水素社会」が到来すると考えています。水素・アンモニアが抱える課題を解決し、同領域で起業や事業化に関心のある皆様と議論させて頂けると嬉しいです。ぜひお気軽にご連絡ください!
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『ESG for Startups』連載一覧 [再掲]
#1  PRI署名及びESG投資方針の策定について
#2  世界のESGスタートアップ30選(前編)
#3  世界のESGスタートアップ30選(中編)
#4  世界のESGスタートアップ30選(後編)
#5  AI倫理とガバナンス
#6  カーボンオフセット事業の発展経路

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【参照ページ】
水素・アンモニア領域のスタートアップ

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