ESGフロントライン:潮流を読む~EUサステナ規制が転換期、CSRD簡素化で何が変わる?

※本記事は、ESG Journal編集部が注目のニュースを取り上げ、独自の視点で考察しています。

CSRD、CSDDD、CBMAの延期の可能性とその背景

1月29日の欧州議会の本会議にて、企業持続可能性報告指令(CSRD)、企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミーの開示の簡素化を目指す「Omnibus proposal(オムニバス草案)」を作成することがリリースされた。

2025年、CSRDに基づく開示が各国で進む予定だったが、2024年10月時点で国内法化できていない国は、ドイツを含む17か国でEU全体での統一的な導入には課題があった。各国の足並みがそろわない中、フランスやドイツをはじめとする加盟国や産業界からは、2025年の開示義務開始に向けた負担の増大を懸念する声が上がった。

なお、1月23日には、欧州人民党(EPP、中道右派)が炭素国境調整メカニズム(CBMA)に関連する規制の厳格さが、企業活動に与える影響が大きいとし2年間の延期の提案も出ていた。ただ、29日の本会議での言及は見られず、脱炭素化への方針は変わっていない。

今後、2月26日にオムニバス草案が出される予定であり、CSRD、CSDDD、EUタクソノミー適用の規制に対する緩和が想定される。

欧州産業界の規制緩和反対の声

一方で、規制の緩和や延期に対して反対する声もある。ネスレ、ユニリーバ、マースといった欧州の大手企業は、既存の規制の安定性が投資や競争力の基盤であるとし、法律の再交渉は企業の持続可能性への取り組みを損なう可能性があると指摘している。

これらの企業は、サステナビリティ規制が欧州企業の長期的なレジリエンスを高めるものであり、規制の一貫性と明確性が重要であると強調。法的枠組みを再交渉することで、すでに準備を進めている企業が不利益を被ることを懸念している。

CSRD、CSDDD、EUタクソノミーの簡素化

1月29日の欧州議会の本会議にて示されたオムニバス草案のポイントとしては「報告要件の25%以上の削減(中小企業は35%以上)」であり、それ以外の詳細はまだ見られない。

本会議以前での指摘事項は下記のとおりであり、草案では実施スケジュールや詳細の開示項目の特定などが公開されることが予想される。

指摘事項)

  • フレームワークを統合し冗長性と重複性を排除 

個別の指摘事項)

規制名変更要望
CSRD開示時期の延期(2年~)、セクター別開示の撤廃
CSDDD適用範囲の縮小、無期限延期
EUタクソノミー適用基準の簡素化、実施延期

こうした削減を求める背景には、欧州経済の低迷を受けて競争力の強化を求めるマリオ・ドラギの報告書『欧州の競争力の未来(The future of European competitiveness)』(2024年9月に欧州委員会)に続く、11月の欧州委員会・EU首脳会議の「ブタペスト宣言」がある。

過去のEUのオムニバス法案への取り組みを鑑みると、今回のオムニバス法案は、ただ3つの規則を「統合」するというよりは、新たな「法案」として生まれ変わる可能性があるとの報道もある。最終的なオムニバス化の形態は不明としつつも、簡素化が進むことに変わりはない。

すでに大企業では2025年開示に向けて動いているところもあるだろう。しかし、これまでに挙げられている要望がそのまま反映されるかわからないものの、「規制ごと」分けて同じ内容を何度も開示する事態にはならずにすみそうだ。

なお、今後オムニバス法案が明らかになることで、機関投資家などの情報利用者側からの意見も出てくるであろう。今後も、ESG Journalでは、投資家やステークホルダーの動きに注目していく。

今後の展望と持続可能な企業経営の重要性

企業にとって、CSRDへの対応は負担が軽減される可能性があるが、CSRDやESRS、EUタクソノミーで示された開示項目は、企業にとっての「辞書」のような位置づけとして利用できる。自社内でサステナビリティの取り組みがあったとしても、それをどのように開示すれば投資家にとって効果的であるかなど、模索する際、規制で示された指標は大いに参考になるだろう。

また、気候変動による災害リスクや人権リスクは高まっており、企業がサステナビリティ戦略を強化しなければ、サプライチェーンの維持や優秀な人材の確保が困難になる可能性がある。このため、企業は規制動向に関わらず長期的な視点で持続可能な経営を進める必要がある。取り組みが進めば、開示は仕組みにより効率化も可能である。取り組みと開示の両輪を強化することに従前との違いはない。

今後の開示規制の進展には不確実性が伴うが、企業が適切な体制整備を行い、長期的な競争力を確保するため戦略的投資を継続することは重要だろう。

文:竹内愛子(ESG専属ライター)

【参照ページ】

An EU Compass to regain competitiveness and secure sustainable prosperity

EU首脳、産業競争力強化の方針を再確認、欧州委はCSRDとCSDDDの再編の方向性示す

欧州人民党、CSRD、CSDDD、CBAMなどの対応負担の大幅軽減と適用延期求める

欧州人民党のCBAM本格適用の延期提案に、欧州セメント、鉄鋼業界が反発

Europe needs more growth and jobs – Enhancing competitiveness by cutting back bureaucracy and over-regulation

Speech by President von der Leyen at the European Parliament Plenary on the new College of Commissioners and its programme

EU expands ‘simplification’ drive to cut red tape, draft document shows

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