ESGトレンド予測2023


2023年、注目すべきESGテーマとは?

本コラムは「S&Pグローバル ESGソリューションズ・ディレクター 中久保菜穂が個人的に運営しているブログ」より許可を頂いて転載しています。

2023年に重要度が高まるESGテーマを列挙しようとすると、数えきれないほど多くのものが候補に挙がりますが、本記事では個人的に着目している5つのテーマを俯瞰してみたいと思います。


その1- サプライチェーン評価

SDGsパートナーズ田瀬さんも言及されている通り、サプライチェーン評価は気候変動や人権、自然資本など多分野において求められている評価です(「SDGs思考 社会共創編」p.134以下)。2023年に大きく進展するトレンドの1つと考えて問題ないと思います。
気候変動の分野ではこの後記述するスコープ3として、サプライチェーンにおけるGHG量の把握が求められています。

人権においてはサプライチェーンを含めてデュー・デリジェンス(以下「DD」)を行うべきとすることが世界的なスタンダードとなってきています(欧州のコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案によるESGのDD義務化構想や日本の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」に基づくDD実施の要請など)。

さらに自然資本についても、2022年にver0.3までベータ版が公開されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)があります。ここでは生物多様性を含めた自然資本に対する、企業活動の影響や依存の程度等について、サプライチェーンを含めて把握することが求められているのです。
そもそも企業活動をするにあたって、その影響をサプライチェーンも含めて検討すべきということは、企業が社会に与える影響に鑑みれば当たり前のことであるにも関わらず、今まで実施のハードルが高いことから軽視されてきたトピックと言えると思います。各分野においてここ数年で一気にサプライチェーン評価の重要性が強調されています。2023年にはより多くの企業実施例が出てくると予想され、これを受けて投資家も、投資先企業がサプライチェーン評価をしているかどうかという論点を意識し始めることでしょう。

<関連コラム記事>人権デューデリジェンスとは何をすればよいか。海外事例から学ぶ。

その2 – スコープ3(GHG)

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のガイダンスにおいてスコープ3の開示が推奨されていることはみなさんご存知の通りと思います。そして2022年には東証再編に伴い、コーポレート・ガバナンスコードによってプライム市場の企業に対してTCFDもしくはそれに相当する水準での気候関連リスクの開示が義務付けられたことはサス担の方々を震撼させましたね。
そのような中、ISSB(サステナビリティ基準審議会)がサステナビリティ情報開示のスタンダードとなる基準を策定中で、2023年3月には最終案が発表される予定です。そこではスコープ3開示が義務化されると言われています。ちなみに、企業への「救済規定」として基準が適用されてからも1年の開示免除規定が設けられる予定です(ほっ・・・)。

以上のように2023年はガイドラインや基準などの影響で、スコープ3開示の必要性が一層高まると考えられます。同時に、スコープ3把握に利用できる様々なツールやサービスが提供され始めており、2023年のビジネス拡大分野と言えるでしょう。

ではそもそもなぜ、スコープ3の開示が求められるのでしょうか?スコープ3は基本的に活動量に排出源単位をかけて概算するため、スコープ1・2に比べると信頼性は劣ります。また、様々な企業がスコープ3を算定する場合、いわゆるダブル・カウントが生じるわけです。しかしそれでも企業自身が自らのビジネスがどれだけ社会にGHG排出量としてのインパクトをもたらしているのか把握することが重要なのです(把握しないと、それに応じた経営判断やテクノロジー導入を通した削減努力もできない)。

ちなみに金融機関の場合はスコープ3としてカテゴリの15「投融資」の開示が推奨されています。いわゆるファイナンスド・エミッションのことで、自らの投資先におけるGHG量を把握して開示することが求められているのです。ここで詳述はしませんが、計算の仕方に興味がある方はPCAF(金融炭素会計パートナーシップ)が提供している基準をご覧になってみてください。


その3 – 自然資本・生物多様性

2022年12月にモントリオールで開催されていたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)では2030年までにネイチャー・ポジティブ(生物多様性を含めた自然資本の減少を食い止め、回復し、地球と社会のレジリエンスを高めること)を目指すための23の目標が制定されました。これらには強制力はないものの、上述のTNFDとも対応する予定で、さらにはISSBが作成する開示基準にも関連する項目が盛り込まれること予定だということです。

2021年にTNFDが発足してから、2022年にはCDPの質問票にも生物多様性の設問が登場したことから、生物多様性や自然資本をより強く意識した方も少なくないのではないでしょうか。2023年3月にはTNFDのベータ版ver.0.4が発表され、より具体的な開示指標が明らかになると共に、様々なデータやサービスが利用可能となり、TNFDに沿った企業活動の評価を行うことが可能になってくると思われます。

なお、以前Twitterでもつぶやいたのですが、気候変動緩和策の1/3は自然資本に依存していると言われています。例えば沼地は多くの炭素を固定できるのです。そもそも気候と生物多様性は相互に密接に関係し合っており、影響を与え合っています。このように自然資本や生物多様性の議論は気候変動と切り離すことができないわけですね。このことは2020年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)とIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム)が合同で開催したワークショップにおいても確認されています。


その4 – 社会指標 (人権・人的資本など)

2022年に大きな動きを見せた社会分野は2023年においても引き続き重要テーマとして取り扱われることでしょう。前述の欧州におけるDDの義務化動向や日本における人権ガイドライン制定、人的資本可視化指針・人材版伊藤レポートの発表など様々な動きがありました。

特に2023年3月期以降からは有価証券報告書においてサステナビリティ情報の記載欄を設け、人的資本に関する記述や女性管理職比率、男女報酬差の開示等が義務付けられる予定ですので、多くの企業が本格的に社会面の指標を開示または強化する年になるでしょう。これを受けて投資家からの社会指標データへのニーズが高まると予測されます。
ちなみにPRI(国連責任投資原則)は2020年10月にUNGP(国連ビジネスと人権に関する指導原則)に関するロードマップを発表しており、4年かけて全署名機関がUNGPを尊重することを目指しているとのことです。

併せて欧州で開発が進行中のソーシャルタクソノミーや、TSFD(社会関連財務情報開示タスクフォース)設立に関する動向にも着目しておきたいですね。


その5 – インパクトの評価

突然個人的なお話になりますが、2022年11月にメルボルンを訪問し、現地のESG先進企業の方々と意見交換をさせて頂く機会がありました。そこで数社のサス担の方々から「我々の評価はもはや横並びで、次に差別化ができるとすればインパクトの評価だと思うがどのように考えるか?」という鋭い意見を頂いたのです。インパクトをどのように評価するか、という問いについてはESG評価機関各社が頭を悩ませていることでしょう。

投資家もインパクトについて検討を始めています。様々なESGデータを考慮して投資判断を行ってきた投資家ですが、ほとんどのデータは過去のパフォーマンスデータであり、実際に企業活動がESGの分野においてどれだけのインパクトを創出したのか、あるいは今後創出するのかについてを参考にしたいという意見を多く聞きます。

ここで2023年議論を呼ぶと考えられるのが、そもそも「インパクトは何か、どのように計測するのか」という論点です。インパクトと言えば、グリーンボンドのアボイデッド・エミッション(削減貢献量)等を思い浮かべる方も少なくないでしょう。特定のインプット(投資)からどのようなアウトプット(インパクト)が生じたか、という議論は比較的分かりやすいと思います。あるいはEUタクソノミーにおいてグリーンと分類される事業活動と合致する売上もインパクトであるとされています。こちらは具体的なインパクトを売上という形で間接的に把握する考え方と言えるでしょう。一方、エーザイCFOの柳モデルのようにESG経営が企業価値の向上にどのように寄与するかという側面をインパクトと呼ぶ場合もあるようです。このような議論はESG経営そのものの重要性を社内外に浸透させるために有用ですね。

このように現在「インパクト」と呼ばれているものには統一性がありません。2023年も、それぞれの文脈において必要な計測方法・指標が登場することになると思われます。そのような中で、メルボルンで対話した企業の方々が想定されていたような、各企業の全体の活動についての「ESGインパクト」スコアを出すことができるのかどうかについては個人的な着目ポイントです。


その他

ネット・ゼロに向けた取組みの加速、サステナビリティ・テックの台頭、将来予測系データへのニーズの高まり、ダイベストメントからエンゲージメントへの転換、ジャスト・トランジション、クライメート・ストレステストなど書きたいことはまだまだありましたが、力尽きましたので一旦おしまいです(笑)。


おわりに

それぞれの重要テーマについて語り始めるとキリがないほどの情報量があるため、簡易的にまとめてみました。いかがでしたでしょうか。  

一部ですがこのようにして重要テーマを一覧にしてみると、ESG全般について企業の取組み・投資家の認識が初歩的な段階から一歩進み、次なるステージへ歩み出しているということが見て取れるのではないでしょうか。自社の評価からサプライチェーン評価への拡大、気候変動以外の分野への注力、単なるESGパフォーマンス評価ではなく、企業活動が実際にもたらしたインパクトの計測など、数年前の基準に照らすと発展的なものが多いですね。そして、横文字・アルファベットの省略形がとても多いです(苦笑)。

新しいテーマやイベント盛り沢山の2023年、多くのトレンドを追いかける必要がありそうです。みなさまどうか、まずはご自分を労って、サステナブルにお過ごしくださいね。

【参照ページ】
ESGトレンド予測2023

ESGジャーナルは、これからESGに取り組もうと考えている企業の方に向けて、ESG・SDGsに関するデータの提供も実施しています。日本の上場企業約100社のESG/CSR開示データに基づき、準拠しているESG情報開示基準、主要ESG指数への採用可否、ESG開示に関する社外からの評価など、その他多数の、参考となるデータを提供しています。

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