SBTiネットゼロ基準V2.0決定版:変更点、移行スケジュール、実務ポイントを解説

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6月11日、SBTi(Science Based Targets initiative)が、企業の気候変動アクションをさらに促進するため、「Corporate Net-Zero Standard V2.0」(ネットゼロ基準V2.0)をリリースした。新しい基準の発効日は2027年2月1日予定である。

これまでのone-size-fits-allアプローチから、企業特性に応じたより柔軟な目標設定が可能になった。他方で、目標に向けた実施(implementation)をこれまで以上に重視する基準へ転換し、進捗報告の透明性や継続的改善を求める設計となった。目標を設定した後、その進捗と障壁への対応をどう開示するかが今後の焦点となり、「とりあえず目標を設定する」だけでは済まなくなったといえる。

本コラムでは、ネットゼロ基準V2.0の概要、現行V1.3.1からの移行スケジュール、そして実務上、とくに把握しておきたい変更点を解説する。

SBTiネットゼロ基準V2.0公開までの経緯とは?

そもそもSBTiの基準は、承認日から最長5年・最短1年のサイクルで正式なレビューと改定が行われるルールとなっている(SBTi標準策定SOPより)。今回のV2.0改定もこの定期改定の一環であり、昨年3月からコンサルテーション期間に入り、同年11月には決定版の土台となった第2回の草案の公開とパブリックコンサルテーションがあった。

また、ネットゼロ基準V2.0の改定と並行して、他のSBTi実務ガイダンスも今年公開されている。1つは3月に公開された森林・土地・農業(FLAG)の目標設定に向けたガイダンスVersion 1.2(FLAG Guidance Version 1.2)だ。このガイダンスでは、新たに公開されたGHGプロトコルの土地セクター・除去基準(LSRS)との整合が図られ、あわせて、森林破壊ゼロ・コミットメントの達成期限が柔軟化された。

SBTiによるFLAGガイダンスの詳しい解説、実務ポイントはこちら>>>SBTi FLAG目標ガイダンスv1.2公開:森林破壊ゼロ期限・カットオフ日・対象商品が厳格化 – ESG Journal

もう1つは、4月末に行われた絶対削減アプローチ(ACA: Absolute Contraction Approach)の更新だ。これは、以前から今年公開予定だったネットゼロ基準V2.0で提案される方法論の方向性と整合し、企業がネットゼロ基準V1.3.1からV2.0へ円滑に移行できるようにするためである。

これらのガイダンスの公開は、V2.0が掲げる「実施フォーカス」への布石とみられる。

SBTiネットゼロ基準V2.0で何が変わったのか?

V2.0の方向性は、大きく4つに整理できる。

①実施と継続的改善へのフォーカス強化

V2.0最大のシフトは、目標設定だけでなく「実施」と継続的改善へとフォーカスが移ったことにある。

改定ネットゼロ基準の位置付けは「意思決定を助けるアクション・フレームワーク」となり、企業による排出量削減取り組みを実際に左右するあらゆる選択(資本配分、技術投資、サプライヤーエンゲージメントなど)に結びつけることを狙いとしている。

具体的には、V2.0は取締役会が承認する移行計画の策定を求め、目標を戦略計画や投資サイクルに直接ひもづける。SBTiは、取締役会やCFOには投資判断との接続を、オペレーションや調達の部門には「何が削減として認められ、どう優先順位をつけるか」のより明確な指針を示すとしており、気候目標を一部門の取り組みから全社の意思決定プロセスへと引き上げる狙いがある。

また、SBTiが、目標設定で完結しないよう「継続的改善」の仕組みを前面に据えた。これまで、SBTi認定を受けるために必要な目標設定に比重が置かれてきたが、V2.0はその目標設定をあくまでも起点と位置づけ、取り組みへの継続的な説明責任を問う枠組みといえる。

具体的には、年次の進捗報告と、目標サイクル終了時の進捗評価(End-of-cycle Assessment)が制度化された。企業は毎年の進捗に加え、実施の障壁とその対応を報告し、サイクル終了時には目標に対する達成度の評価を受ける。一度の認定で完結する「設定して終わり」のモデルから、進捗を定期的に開示し、サイクルごとに目標を見直していく仕組みへと変わった。

②直接削減の重視と実施の優先順位

「直接排出量の削減」を引き続き重視するスタンスは変わらない。自社のオペレーションとバリューチェーンでの直接削減を最優先とし、それが難しい場合にシステム変革が求められる。この優先順位(implementation hierarchy)の考え方は明文化され、具体的な内容は後述のキーポイント表で扱う。

③ベストエフォート原則の採用

企業の実施努力への現実的な配慮として、ベストエフォート原則(best-efforts basis)が採用された。SBTiは「企業がすべてをコントロールできるわけではない」現実を明示的に認め、科学に基づく目標と妥当な実施計画を立て、自社の管理下にある手段を尽くし、障壁を透明に開示し、その対応を時間をかけて示すことを期待水準とした。これを満たす限り、目標未達があってもSBTiフレームワーク内でネットゼロへ前進し続けられる。この詳細についても後述のキーポイント表で扱う。

④継続排出への責任とカーボンクレジットの位置付け

継続排出(ネットゼロ目標期間内において、スコープ 1〜3で削減されずに排出され続ける排出量、ongoing emissions)への取り組みを促す仕組みとして、任意の評価メカニズムが導入された。この評価メカニズムでは、十全性の高いカーボンクレジット(※)の利用が、自社の排出削減の「代替ではなく補完」として認められた。ただし、この仕組みを通じてクレジット購入などで資金支援した外部の削減成果を、自社の排出削減目標の達成分として計上できない点に留意したい。

※十全性の高いカーボンクレジット(high integrity carbon credits)とは、 自主的炭素市場のための十全性評議会(ICVCM:Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)が、カーボンクレジットの信頼性ベンチマークとして出している「中核炭素原則(Core Carbon Principles)」を満たすカーボンクレジットのこと(The Core Carbon Principles | ICVCMより)。

V2.0の発効日と移行スケジュールとは?

実務上、まず確認すべきは「いつ、どのバージョンで目標を提出するか」、「設定済みの目標に影響するか」である。

既存のネットゼロ基準(V1.3.1)は2027年末まで目標設定に開放され続けるため、当面は両バージョンが併存する。SBTiの公開案内では、2026年中に目標を設定・更新する企業に対し、現時点で最も確立した枠組みであるV1.3.1での早期提出が推奨されている。

V1.3.1で目標を設定・更新する企業は、スコープ1・2統合目標など現行要件の柔軟性を活かしつつ、V2.0で導入された「アクション重視」の機能の多くも移行措置として利用できる。

また、2027年第1四半期から2028年1月31日までは、V1.3.1とV2.0のいずれでも目標を提出できる移行期間となる。そして2028年2月1日以降は、すべての新規目標提出でV2.0が必須となる。すでに2030年目標を持つ企業については、十分な実施リードタイムを確保するため、次サイクル(2030年〜2035年)の目標を2028年からV2.0の基準で設定し始めることが想定されている。


なお、まだSBTiにコミットしていない企業は、2027年1月31日までであれば既存基準(V1.3.1)でコミット・検証できる。それ以降に新たにコミットする企業は、V2.0での検証が必要となる。

実務者が把握しておきたいV2.0のキーポイントとは?

最後に、認定を目指す企業のサステナビリティ実務者が特に把握しておきたい具体的なV2.0の変更点を以下の表でまとめる。

その前提として、V2.0は企業を二つのカテゴリーに区分する点を押さえておきたい。大企業および高所得国の中堅企業がカテゴリーA、小規模企業および低所得国の中堅企業がカテゴリーB(売上高450百万ユーロ以上またはFTE1,000人以上などが目安)であり、要求水準はこの区分に応じて差がつけられている。

V2.0のキーポイント概要
実施の優先順位
(implementation hierarchy)と市場性商品の位置づけ
削減取り組みに明確な優先順位が導入された:
1)自社レベル:自社のオペレーションとバリューチェーンでの直接削減を最優先
2)共有システム(activity pool)レベル:活動レベルで足りない部分を、自社が属する電力網など、共有された活動単位での削減に取り組む。
エネルギー属性証書(RECs、GOsなど)や電力オプション(物理的・バーチャルPPA、LCE(低炭素電力)属性契約など)といった市場性商品は補完的に利用可能。
3)セクターレベル:上のレベルで十分なLCEが調達できない構造的制約がある場合に限り、セクターレベルの行動が認められる。
再エネ調達やスコープ 3対応で「何を優先すべきか」が明確化された点が実務上のポイントである。
ベストエフォート原則(best-efforts basis)と継続的な進捗評価SBTiネットゼロ基準はこれまで、目標未達や撤回が事実上の「失格」とみなされる構造だった。
V2.0からは、目標への取り組みを、主要な前提と依存関係(dependencies)を透明にしたうえで、ベストエフォートで追求することが認められる。
その代わりに、年次報告とサイクル終了時の進捗評価(End-of-cycle Assessment)が制度化された。
排出量と目標の間にギャップが生じた場合も、障壁とその対応を開示しながら次サイクルの目標を設定することで、SBTiフレームワーク内でネットゼロへ前進し続けられる。

実務上、重要なのは「目標未達=即失格」ではなく、透明な説明責任を果たす限りSBTiの取り組みを継続できる点だ。

一方、V2.0では短期目標の基準年を5年ごとに最新の排出実績へ更新するため、前サイクルで削減が遅れると、高止まりした排出量が次サイクルの出発点となり、目標の傾き(求められる削減幅)がより急峻になる。進捗が遅れた分は、先送りではなく次サイクルに反映される設計だ。
GHGプロトコルとの相互運用性(スコープ 2)V2.0は、現在改訂中のGHGプロトコルの要素を取り込んでいる。特にスコープ 2については、時間単位でのマッチングの透明性を強化し、その先進的な取り組み企業を評価する仕組みを設けた。

また、従来のGHGインベントリ(物理的インベントリ)と、プロジェクト介入・市場性商品に関する報告を分離するmulti-statement報告構造も反映されている。

GHGプロトコルの改訂が進行中のため、SBTiは暫定ガイダンスを提供する意向を示しており、企業は目標サイクル全体を通じてこれを用い、基準年と目標年のインベントリの一貫性を確保できる。

GHGプロトコルス・コープ2の改定について詳しい解説はこちら>>>GHGプロトコルスコープ2の改定案を解説:決定版の公開までに企業が備えるべきものは? – ESG Journal

まとめ

ここまで見てきたとおり、V2.0の変更は「目標設定」から「実施」へと軸足を移すものだ。一律のアプローチを脱して自社の文脈に即した目標設定を認める一方、ベストエフォート原則のもとで、実施の進捗と障壁への対応を継続的に開示することを求める。柔軟性と説明責任を同時に強める設計といえる。

そのうえで問われるのは、自社が選択した排出削減戦略(再エネ導入、PPAなど)の実施と、想定される障壁への対応をいかに透明に説明できるかである。SBTiネットゼロ基準V2.0は、その透明性こそを重視する設計へと変わった。認定取得のためだけでなく、自社の脱炭素を前に進める道具として使いこなしたい。

参考情報:The SBTi releases Corporate Net-Zero Standard V2.0 to accelerate corporate climate actionThe new Corporate Net-Zero Standard Version 2.0 – Science Based Targets InitiativeSBTi Corporate Net-Zero Standard Version 2.0The SBTi updates the Absolute Contraction Approach to improve consistency and implementation, while maintaining net-zero ambition – Science Based Targets InitiativeThe Core Carbon Principles | ICVCM


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<執筆者

マルティネス リリアナ(ESGJournalスペシャリストライター)
サステナビリティ学修士。シンクタンクにて、海洋・大気環境分野を中心とした環境政策・制度検討支援(調査・分析)に従事。また、国際海事機関(IMO)における海洋環境関連条約の技術・政策議論にTechnical Advisorとして参画した経験を持つ。その後、 Big4 ファームにて、気候変動、ネイチャー課題を中心とした企業向けアドバイザリー業務に従事。現在は 非財務情報開示フレームワークからサステナビリティを巡る国際動向まで、企業実務の視点からオリジナル解説およびホワイトペーパーを執筆。

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