マテリアリティ開示の進め方。各ガイドラインに共通する考え方も紹介

マテリアリティの開示は、サステナビリティ報告においても重要な内容として投資家からの注目度が高い。マテリアリティは、企業にとってのリスクや重要課題(機会)を社内外の視点から特定していく作業である。しかし、マテリアリティは様々なガイドラインにて定義されており、開示基準ごとにマテリアリティ特定作業をしなければならないと考えている場合があるだろう。本稿では、主なガイドラインにて定義されているマテリアリティを紹介しつつ、投資家が重要視するマテリアリティ開示手順やポイントを解説していく。

マテリアリティ開示の概要

マテリアリティ開示に当たっては、マテリアリティにかかる3つの考え方、そして各ガイドラインがどの考え方に依拠しているのかをしっかり理解しておく必要がある。

マテリアリティとは

マテリアリティとは、様々なサスティナビリティに関する課題の中で自社が優先して取り組むべき重要課題のことである。

ESGの情報開示プロセスにおいて、特定することが求められるマテリアリティには、「シングルマテリアリティ」と「ダブルマテリアリティ」の2つの考え方がある。

環境・社会問題が企業活動・業績に与える影響のみを重視する考え方を「シングルマテリアリティ」、企業活動が環境・社会に与える影響も含めた双方向の考え方を「ダブルマテリアリティ」と呼ぶ。

さらに、金融庁によれば、マテリアリティには時代とともに変化する動的なものと捉えた「ダイナミックマテリアリティ」という考え方もあるとしている。時間の経過や外部環境の変化とともに、これまで考慮してこなかったテーマがサステナビリティの報告事項に含まれたり、財務諸表に反映されたりするからだ。

出所:事務局説明資料②(サステナビリティに関する開示(1))|金融庁

主なガイドラインごとのマテリアリティ

主要なガイドラインにおけるマテリアリティの考え方は、以下の通りである。シングルマテリアリティとダブルマテリアリティのどちらの考え方に依拠しているかは、ガイドラインごとに異なっているため、注意が必要だ。

シングルマテリアリティダブルマテリアリティ
・IFRS(ISSB、IIRC、SASBが傘下)
・TCFD
金融庁
GRI
CSRD
EFRAG

IFRSサステナビリティ開示基準やTCFD提言、日米の金融当局による基準はシングルマテリアリティを採用しているのに対し、GRIスタンダードや欧州委員会の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)のガイドラインでは、ダブルマテリアリティの考え方を採用している。

なお、国際統合報告フレームワークを運営する国際統合報告評議会(IIRC)とSASBスタンダードを運営するサステナビリティ会計基準審議会(SASB)の両機関は、2021年6月の合併で設立されたValue Reporting Foundation(VRF)を経て、2022年8月1日、IFRS財団に統合された。

開示基準の統一も意識されている中、どのような社会課題をマテリアリティとして特定するかについての議論は深めていく必要があるといえる。

IFRSサステナビリティ開示基準

「情報は、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に、当該情報が影響を与えると合理的に予想しうる場合には、重要性がある」

:投資家の意思決定にとって重要な財務報告の非財務情報の中から、企業に財務的な影響を及ぼす課題を特定

TCFD提言

「気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす実際の影響と潜在的な影響について、その情報が重要な場合は、開示する」

:気候変動に関する課題・リスク(GHG排出や水不足など)の中から、事業に影響を与える課題を特定

記述情報の開示に関する原則(金融庁)

「記述情報の開示の重要性は、投資家の投資判断にとって重要か否かにより判断すべきと考えられる。また取締役会や経営会議における議論の適切な反映が重要である記述情報の役割を踏まえると、投資家の投資判断に重要か否かの判断に当たっては、経営者の視点による経営上の重要性も考慮した多角的な検討を行うことが重要と考えられる」

:環境だけでなく広く社会一般の課題の中から、投資家が重要と思うであろう課題を特定

GRIスタンダード

「報告組織が経済、環境、社会に与える著しいインパクトを反映している項目」

または

「ステークホルダーの評価や意思決定に対して実質的な影響を及ぼす項目」

:事業活動が与える影響と、ステークホルダーの期待とを併せて考慮し課題を特定

マテリアリティ開示のステップ(共通)

マテリアリティ開示は以下のステップに沿って行われる。下記のステップはいずれの開示規準においても共通している考え方である。

  1. 理念・ビジョンの再確認
  2. マテリアリティの特定
  3. 財務インパクトへの影響

出所:マテリアリティ分析のポイント – 企業価値向上に向けて|日本取引所グループ

理念・ビジョンの再確認

マテリアリティ開示は経営理念の再確認からスタートする。企業の核となる経営理念を軸とすることで、経営の目指すべき方向性が定まり、事業ポートフォリオの内容も自ずと決まってくる。事業ポートフォリオの認識があれば、どの課題が事業にとって重要であるのか(マテリアリティ)の解像度があがるだろう。

また、経営ビジョンが再確認できれば、達成に向け長期的な事業環境についての考察が求められる。国別の成長率や人口動態、技術革新、顧客の需要動向など外部環境変化からの影響は避けられない。中長期的な視点から経営資源を配分する領域を決定し、その実施に当たって何が課題となりうるかを棚卸しする行為がまさにマテリアリティのプロセスである。マテリアリティの特定において、経営ビジョンという根本的な理解が基礎にあることを忘れてはならない。逆に、経営ビジョンがあやふやであると重要性を評価する基準もあやふやとなる。

マテリアリティの特定

経営理念→経営ビジョン→事業ポートフォリオが決定して、初めて重要な課題(マテリアリティ)を特定するフェーズに入る本ステップでのポイントは以下の2点である。

  • 重要課題を「収益機会サイド」「リスクサイド」の二面から内発的に抽出する

:経営に影響を与える課題は、マイナス面だけではない。環境変化に伴い、新しいサービスなどの機会もある。重要性は、負の面だけでなく正の面も検討する必要がある。

  • サステナビリティ基準・指標やESG格付機関を論点の抜け漏れ防止として活用する

:経営における重要課題の網羅性を担保するために、外部規準などに示されている課題を参考にするとよいだろう。事業活動の中から阻害・促進要因としての課題の抽出だけでなく、外部の論点から客観的に事業活動への影響を判断するとよいだろう。

なお、特定において注意が必要なのは経営戦略との関連性だ。マテリアリティは経営戦略との一体性が高いからこそ、個別性も高くなる。よって、経営戦略との関連性がないものやその裏付けがないものはマテリアリティとはならない。

財務インパクトへの影響

最後のステップでは、マテリアリティと企業価値との連関について考える。マテリアリティはビジネスモデルの持続性に関する重要課題である。そのため、財務的な観点から事業戦略や企業価値との関連性を明確にし、経営として推進してこそ意味を持つ

マテリアリティは、その性質に拠って時間軸や企業価値への寄与の仕方が異なる点には注意が必要である。「中期経営計画の期間内で生み出したリターン」「中期経営計画の期間以降で生み出したリターン」「リスクの低減」など、単純に単年度の損益計算書だけへのインパクトではない。

また、KPMGによれば、ROIC(投下資本利益率)や資本コストの計算において、マテリアリティ整理して関連付けて開示することで、財務インパクトを説明できるとし、「マテリアリティは、資本生産性・財務戦略・ESGを一体的なフレームワークの中で、一気通貫したストーリーとして語る必要がある」とも説明している。

参考:(資料)マテリアリティ分析のポイント- 企業価値向上に向けて|JPX

マテリアリティ開示のポイント

マテリアリティ開示を行うに当たり、以下の3つのポイントが重要である。以下の、3点は特に投資家が注目しているポイントでもある。

「特定プロセス」の開示

まず、マテリアリティそのものだけではなく、特定プロセスも開示するのがポイントだ。

直面する課題に対してどれを優先的に対応するか、それらの課題がステークホルダーにとっていかに重要かについての見解は企業によって多種多様である。そのため、ステークホルダーにとっては、マテリアリティをどのように検討・選定したのかという判断根拠が重要なトピックとなる。その企業独自の価値を伝えられなければ、マテリアリティを開示したとしても効果的ではない可能性がある。

日本企業の開示は、マテリアリティは特定されているものの、特定プロセスの開示が比較的少ない傾向にある。また、マテリアリティに基づく具体的な取り組みやKPIの設定がない開示も見受けられる。マテリアリティそのもののみならず、課題の洗い出しから幾度にわたる絞り込みの過程、優先度の高い課題の特定も含めた開示を意識する必要があるといえる。

戦略とマテリアリティとの整合性

2つ目のポイントは、開示のためだけのマテリアリティ特定は避けることだ。特定したマテリアリティと自社の経営戦略の間にズレが生じていては、マテリアリティ開示は意味をなさない

実際に、マテリアリティを特定している企業の中で、マテリアリティに基づいてレポートが構成されている企業は35%と低い。特定したマテリアリティをそのまま開示するのではなく、マテリアリティの自社にとっての重要性の観点を十分に分析する、あるいはマテリアリティに沿った取り組みを十分に管理することが求められる。そうして開示したマテリアリティと経営戦略との整合性が高ければ、株主資本コストの低下にもつながる。

投資家ニーズに合わせた開示

マテリアリティにおける個別性を考慮して、投資家ニーズに合わせた開示も重要なポイントだ。

経営戦略には、事業戦略の遂行上の課題に加え、コーポレート部門(全社横断)の戦略における課題の双方がある。そのため、個別性の高いそれら両観点からのESG課題の特定が求められる。

このように、課題を事業別・コーポレート部門で分けて捉え、さらにそれぞれをE、S、Gの観点から整理するという2段階のプロセスを経ることによって、投資家の細かなニーズを満たすことができ、マテリアリティも実質味を帯びたものとなる。

まとめ

マテリアリティを開示している企業は多く見られるが、ただ開示すればいいというものでは決してない。その企業の独自性を発揮するためには、マテリアリティをビジョン起点で考え、なぜそのマテリアリティを特定したのかの背景やプロセスについて詳細に説明する必要がある。マテリアリティそのものは個別性を意識して開示するとともに、どのくらいの財務インパクトを生み出したのかを明確にしておくことも忘れないようにしたい。

【おすすめ関連記事・ニュース】

関連記事

サスティナビリティ情報開示の潮流へのリンク

ピックアップ記事

  1. ABAC、APECビジネスリーダーに対し、差し迫ったグローバルな課題への協力を要請する。

    2023-12-5

    ABAC、APECビジネスリーダーに対し、差し迫ったグローバルな課題への協力を要請

    11月14日、ドミニク・ウンAPECビジネス諮問委員会(ABAC)委員長は、サンフランシスコで開催…
  2. 2023-12-5

    CDP、2023年版の都市における気候変動対策「Aリスト」を発表

    11月14日、国際的な環境情報開示NGOであるCDPは、2023年版の都市における気候変動対策「A…
  3. 2023-12-5

    IPEF、サプライチェーン協定締結

    11月14日、サンフランシスコで開催されたインド太平洋経済枠組み(IPEF)第2回閣僚会議において…

アーカイブ

ページ上部へ戻る