【ESG for Startups 第6弾】カーボンオフセット事業の発展経路

皆さん、こんにちは!創業前後のスタートアップへ投資を行うジェネシア・ベンチャーズで、パートナー兼CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)を務めている河合です。
 
スタートアップ関連のESG情報を発信していく連載企画『ESG for Startups』の第6回目となる本稿では、脱炭素社会の実現に向けた一つの手段として注目されるカーボンオフセットについて、同領域における新規事業の可能性や時間軸について整理してみました。(筆者のTwitterアカウントのフォローもぜひお願いします!)


1. カーボンオフセットの仕組み

カーボンオフセットとは、企業などの生産活動に伴って排出される温室効果ガス(GHG)のうち、自社では削減しきれない排出量を、再生可能エネルギーの活用等による排出削減量や森林経営等によって新たに生み出された吸収量の炭素クレジットと相殺できる仕組みを言います。

カーボンオフセットには、「キャップ&トレード」と「ベースライン&クレジット」の2種類があり、「キャップ&トレード」は、欧州で広まった排出量の上限を決めた規制に基づく「排出量取引制度(ETS)」が代表的です。このような制度は、EUのほかに韓国や英国などでも導入されています。これに対して、「ベースライン&クレジット」は、基準となる排出見通しに対する削減分をクレジットとして認識するもので、企業等が省エネや脱炭素に取り組んで削減した分を炭素クレジットとして売買します。国・自治体・民間認証機関などが、このような炭素クレジットに排出削減分の価値があることを認証しています。

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また、炭素クレジットには国連や政府が主導し運営される制度と、民間セクターが主導し運営される制度が存在し、後者は「ボランタリークレジット」と呼ばれています。

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(出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ)

2. ボランタリークレジット市場

民間認証クレジットを積極的に購入しているのは、航空や石油などGHG排出量の削減余地が小さい業界です。ボランタリークレジット市場は、年々取引が活発になっており、今後の急速な拡大が見込まれています。2020年に世界で新規に相殺された炭素クレジットの量は、前年対比で76%も増加しており、2021年も過去最高を更新する見通しです。TSVCM(自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース)の報告書によると、ボランタリークレジット市場の市場規模は、2030年までに現状の最大15倍となり、2050年までには最大で100倍に拡大するとのシナリオもあります。

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(出所:World Bank)

3. 炭素クレジットを生み出す仕組み

最も多く活用されているのは、森林の保全や植林です。その他にも、排出されるCO2を集めて地下に埋めるCCSや、空気中から直接CO2を回収するDACなどの新技術によるクレジット創出も試みられています。主な炭素クレジットの創出方法は以下のとおりです。
① 森林保全・植林
② 農業を通じた土壌中の炭素隔離
③ DAC(環境中の空気からCO2を直接回収・貯留)
④ CCS(発電所や工場などCO2排出源で回収・貯留)
⑤ バイオエネルギー(有機廃棄物やバイオマスを利用)とCCSの組み合わせ
⑥ ブルーカーボン(海草、塩湿地、マングローブの生態系の保全と回復)
⑦ 泥炭地や沿岸湿地の回復

4. 民間クレジット認証

取引規模や活用状況等から、以下4つの民間認証が代表的なボランタリークレジットとして知られています。

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(出所:経済産業省)

5. カーボンオフセットの問題点

炭素クレジットを一定の精度で正しく算定することは、公平な取り引きを行う上で非常に大切です。そのような信頼性は民間認証機関等によって確保されていますが、炭素クレジットの算定方法がプロジェクト事業者毎に異なるなどの問題もあり、とりわけ森林プロジェクトでは保全等で得られる排出量の削減効果(炭素吸収量の減少食い止め効果)を正確に計測することは非常に複雑であることから、計測精度の向上が求められています。そのような精度の高い計測が難しい状況では、本来は保全活動をしなくても危険がないような森林を“保護する”るという建前で、実態よりも過大な炭素クレジットを創出しているケースもあるようです。その炭素クレジットを購入する企業にしてみれば、放っておいても存続するはずだった森林を“守る”ために、お金を払って無意味なクレジットを購入していることになるのです。

また、杜撰なプロジェクト管理により、途上国のカーボンオフセット事業として大規模な植林プロジェクトが実施された結果、かえって元来の自然環境を破壊していたり、先住民の移住を招くようなケースもあるようです。カーボンオフセットを目的とした事業による土地収奪、現地住民や先住民族の権利侵害等、環境社会影響や紛争が多数生じているという報告もあります。これに加えて、クレジット発行後のモニタリングが不十分な場合には、クレジット発行後に対象となった森林が伐採されてしまったり、山火事で森林が焼失したにもかかわらず、そこで生み出された炭素クレジットに関しては煙に巻かれるといったことも起こります。

更に、誰がどのような事業で削減したのか、それを誰がどのような排出をオフセットするために使ったのか、といった情報の管理や開示が一元的に扱われていないことによる、同じ炭素クレジットの二重取引の問題なども指摘されています。

6. 代表的なスタートアップ企業

今後拡大が見込まれるボランタリークレジット市場のニーズに応えながら、カーボンオフセット取引に伴う様々な課題の解決に繋がるソリューションを提供するスタートアップが登場しています。

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Pachama(米):森林由来の炭素クレジットのマーケットプレイスを運営しています。衛生画像を独自の機械学習で解析し、実際にどれだけのCO2が補足されたかを検証(認証)、データをモニタリングできるソリューションもセットで提供しています。このほか、企業側の書類手続きの自動化機能なども提供しており、炭素クレジット購入の課題を包括的に解決するバーティカルソリューションを目指しています。
NCX(米):森林に特化したカーボンマーケットプレイスを提供しています。衛星画像・森林経済学・最先端の統計手法を組み合わせて、あらゆる規模の土地所有者と企業を結ぶ炭素クレジット市場を構築しており、土地所有者は森林面積を維持・拡大することで炭素クレジットを販売し土地を収益化できます。
Sylvera(英):世界初のカーボンオフセット格付会社です。地理空間データ、機械学習、独自の気象データを利用して、実施中のプロジェクトに関する信頼性と透明性の高い評価を行っています。オフセット市場にはプロジェクトを評価するための信頼できる独立した普遍的ベンチマークが不足しているという課題に対してソリューションを提供しています。
サステナクラフト(日):衛星リモートセンシング技術を用いた安価で広範囲な自然資源の炭素蓄積量モニタリングサービスを提供するほか、因果推論技術をベースにした炭素クレジット特有の複雑な参照レベルやリーケージの評価を行っています。
Carbonex(英):ブロックチェーン技術を使って炭素クレジットの真正性を担保するクレジット交換プラットフォームを運営しており、CBNという独自コインに変換されたクレジットを取引することができます。
Patch(米):誰でも手軽にカーボンオフセットを実行できるAPIを開発しています。企業は、数行のコードを入力するだけで、様々なデータと連携して自身のCO2排出を自動で細かく算出でき、それに見合った炭素クレジットを多様な支援先プロジェクトから選択できます。
Cloverly(米):CO2排出量に合わせてカーボンオフセットを行うマーケットプレイスを提供するAPIサービスです。移動や配送、エネルギー消費、金融取引など様々な活動における炭素排出量を算出すると同時に、カーボンオフセットのプロジェクトを即時購入することでできます。

7. カーボンオフセット事業の発展経路

カーボンニュートラル実現に向けた企業の様々な取り組みが加速する一方、産業分野によっては自力では完全に脱炭素できない領域が残ることは避けられず、その場合の補完的な手段としてカーボンオフセット取引は今後急拡大していくと考えられますが、同取引には様々な課題があることは先ほど述べたとおりです。拡大するニーズと解決すべき課題に直面するカーボンオフセット市場は、スタートアップにとって魅力的な事業機会を提供しているとも言えます。そこで、カーボンオフセット事業の発展経路や、各領域で求められる要件等について整理してみたいと思います。

①計測→相殺:まず、B2B市場とB2C市場の可能性や時間軸については、現状の日本における消費者の脱炭素に対する意識やカーボンオフセット取引自体の認知度の低さを考慮すると、まずはB2B市場から拡大していくものと考えられます。日本でも気候関連の非財務情報開示の対象範囲が拡大しており、サプライチェーンを含むGHG排出量の計測のため、Persefoni(米国)やゼロボード(日本)などの炭素会計プレイヤーがサービス提供しており、導入企業数もかなり増えているようです。自社または自社グループのGHG排出量が計測把握できるようになると、次の段階として企業はこれを削減する方法を考える必要があり、その一つの簡単な手段がカーボンオフセットになります。従って、炭素会計プレイヤーはGHG排出量の計測・可視化という領域からエントリーして、次の段階としてオフセット手段を合わせて提供していく、という発展経路(計測→相殺)を取り易いポジションにあると考えられます。

②認証→市場:もう一つの経路は、炭素クレジットの創出プロセスにおける課題から出発するものです。特に森林由来のクレジットに関しては、計測精度の向上やプロジェクトの実効性を担保するモニタリングの仕組みが不可欠です。そこで、衛星リモートセンシングや機械学習、因果推論技術などの先端技術を駆使し、炭素クレジットの信頼性や品質を担保する認証機能に価値が生まれます。このような認証技術の優位性を差別化要素としながら、カーボンオフセットのマーケットプレイスを提供する、という発展経路(認証→市場)があります。この場合、認証機能にのみ特化することで、独立性と普遍性を打ち出すという戦略もあり得ます。

③取引→周辺:これらの発展経路と並行して、今後一段とカーボンオフセット取引が活発化してくれば、炭素クレジットを供給して新たな収益源を確保したい森林や農地の土地所有者に対して、クレジット創出事業の管理業務を効率化するためのツールや、ブロックチェーン技術を用いて二重取引の問題を回避するためのトレーサビリティ機能を提供するような周辺サービスも拡大していくのではないかと思われます(取引→周辺)。

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④B2B→B2C:一方、B2C市場に関しては、消費者の脱炭素に対する意識やカーボンオフセット取引自体の認知度が不十分であることから、B2B市場に比べると少し時間を要する可能性はありますが、将来的には購入する商品の消費期限・原材料・カロリー等を見て購入判断するのと同じ感覚で、炭素排出量を気にする時代がやって来るかもしれません。そのような世界観が普及するためには、消費者個人の環境意識や倫理観に依存するだけでなく、消費者がカーボンオフセットを選択しやすい経済的なインセンティブ等を上手に設計する必要がありそうです。例えば、消費者がオフセットした炭素量に応じてクーポンを付与したり、特別なステータスによって消費者の承認欲求を満たすといった方法が考えられるかもしれません。或いは、炭素排出量の少ない消費者がSNSでインフルエンサー化するようなサービスがあっても面白そうです。いずれにしても、その際にカーボンオフセットの費用を誰が負担するべきなのか、については見極めが必要になります。海外のオフセットAPIサービスなどでは、自社で排出量を相殺することも、顧客に負担を選択させることもできる仕組みになっていることが多いようですが、航空券のような高い買い物の場合は消費者の負担額が大きくなりますし、逆に食品・飲料のような利益率の低い産業では企業が負担するのも難しいかもしれません。B2C市場の発展においては、消費者に対する経済的または社会的なインセンティブ設計、商品やサービスの特性に合わせた企業と消費者の費用負担の仕組み、オフセット機会を提供する企業のブランディング効果など、消費者と提供者の間における絶妙なサービス設計が求められそうですね。

8. おわりに

カーボンオフセット取引は、色んな発展経路を辿りながらも、今後拡大が期待される市場と考えています。特にB2C向けのサービスなどは不確実な要素も多くありますが、だからこそイノベーションの余地も大きい分野と言えかもしれません。カーボンオフセット領域での起業や事業化に関心のある皆様と議論させて頂けると嬉しいです。ぜひお気軽にご連絡ください!(筆者のTwitterアカウントのフォローもぜひお願いします!)

『ESG for Startups』連載一覧 [再掲]
#1  PRI署名及びESG投資方針の策定について
#2  世界のESGスタートアップ30選(前編)
#3  世界のESGスタートアップ30選(中編)
#4  世界のESGスタートアップ30選(後編)
#5  AI倫理とガバナンス

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