特別対談:明治安田生命保険相互会社 生田目執行役専務 「AIガバナンスとサステナビリティ経営(後編)」

Two professionals posing for a photo: a gray-haired man in a suit and a young woman in a navy blazer, smiling against a plain wall.
本記事は、ESG Journalを運営するシェルパ・アンド・カンパニー株式会社のCSuOが、AIガバナンスやサステナビリティ・ESG分野の実務に関連する経営トピックについて、専門家にお話を伺ったインタビュー記事です。

「AIガバナンスとサステナビリティ:AI時代の経営に問われる『舵取り』とは」明治安田生命保険相互会社 執行役専務 グループデジタル責任者/グループAI責任者 生田目雅史氏 × シェルパCSuO 中久保菜穂

生成AIなど、AI活用が企業活動において進む中、リスク管理を始めとするAIガバナンスの重要性が高まっています。対談の前編では、AIがもたらした「スピード」という価値、明治安田グループにおけるAI活用の実際、そしてガバナンスの語源にさかのぼった「舵取り」としての本質について伺いました。

後編のテーマは、AIガバナンスとサステナビリティです。AIのリスクとどう向き合い、どう価値創造につなげるのか。そして、サステナビリティが本来目指すものとは何か、実務家が日々向き合う個別のトピックの一段上にある、経営の視座を伺います。

対談者プロフィール:

明治安田生命保険相互会社 執行役専務 グループデジタル責任者、グループAI責任者/一般社団法人AIガバナンス協会 代表理事 生田目 雅史氏
2026年に現職に就任し、約40年にわたる金融業界での経験を活かして、同社のデジタルトランスフォーメーションおよびイノベーションの取組を主導。前職の東京海上グループでは2018年の入社以来、様々な戦略的経営において豊富な実績を積み重ね、東京海上ホールディングス 常務執行役員グループ CDO (Chief Digital Officer)、専務執行役員グループCDO等を歴任。それ以前は、日本長期信用銀行、金融監督庁、ドイツ証券会社、モルガン・スタンレー証券、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、ブラックロック・ジャパンなどの金融機関で要職に就き、国際的な金融業務、財務戦略およびコーポレートガバナンスの専門知識を培った。経営幹部としての職務に加え、メルカリ、ID&Eホールディングス、シンガポールbolttech Holdings等複数企業で社外取締役も務めた。2026年6月よりマネックスグループ取締役を兼任。東京大学法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールMBA取得。


シェルパ・アンド・カンパニー株式会社 取締役CSuO 中久保 菜穂
S&Pグローバル Sustainable1部署にてESGソリューションズ・日本ヘッドを経て、2023年7月にシェルパ・アンド・カンパニーのCEIOに着任し、AIを駆使したサステナビリティに関する課題解決に取り組み、2024年11月より現職。英国のESG評価機関であるVigeo Eirisでの分析・SRIアドバイザリー業務、デロイトにおける人権DD構築支援をはじめとしたESGコンサルティング業務経験も有する。京都大学 法学士、ロンドン大学(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)法学修士。大阪公立大学 経営学研究科 客員准教授。一般社団法人AIガバナンス協会 専門アドバイザー。


「薬の副作用」の比喩で考えるAIリスク——領域ごとにリスクとリターンを見極める

中久保:AIの規制とリスクについて、国レベルで見ても、米国は連邦としてはトランプ政権下でむしろAIを規制しすぎない方向に舵を切っていて、包括的な規制法はまだありません。一方で、コロラドやカリフォルニアなど州レベルでは具体的なルールづくりが先行していて、連邦と州のあいだで綱引きが起きている状況です。ビジネスを推進するためにこそルールが必要だという側面もありますが、(前編で)生田目様がおっしゃった通り、経営者が取り違えないことが重要だと感じました。

一つひとつのルールや「箱に入れる」イメージではなく、自分たちのビジネスをどの方向に持っていくのかという問題としてガイドしていく。これは読者にとっても新たな視点だと思います。ハルシネーションやドリフト、バイアスといった個別のAIリスクはあるけれど、経営者としてはそれらが一体となって自社のビジネスが社会にもたらす影響をデザインしていく、というイメージでしょうか。

Middle-aged man in a dark suit and striped tie seated at a table, speaking thoughtfully in a meeting room

生田目氏:そうですね。社会全体の視点から見れば、AIのような新しい技術、新しい文明の利器をどのような視点で適切に活用するかというのは、個社の企業だけでなく社会全体の命題として当然生まれてきます。

たとえば薬を例にとると、「薬は有害だから薬全体を規制すべきだ」「薬全体の活用を一定程度に抑えるべきだ」という議論はあまり意味を持たないと思います。薬のメリットを適切に活かしながら、有害と思われる部分については適切なコントロールをする。AIについても同じで、AIが適切にメリットをもたらす領域について、経営者が一定の信頼性のもとに活用できるのであれば、どんどん活用すべきだと思っています。そのうえで、AIが社会にさまざまなリスクをもたらす可能性がある特定の部分については、しっかりとした適切なガバナンスを施す必要があるのではないでしょうか。

金融業務で言えば、個社の業務の効率化といったものは、どんどん積極活用する領域だと思います。一方で、たとえば複数のAIが共謀する形で市場を操作するといったことも理論的には可能なわけで、そういった部分については適切なコントロール、場合によっては政府や監督当局が規制なりルールなりを通じてモニタリングするという取り組みも必要でしょう。どの領域なのか、どういうリスクとリターンがあるのかを、個別にしっかり見ていく必要があると思います。

中久保:サステナビリティのリスク評価においてもリスクベースド・アプローチが基本です。一つひとつの事業について自社にとってのリスクを完璧にリストアップするというよりも、社会にもたらす影響が最も大きいものは何か、先ほどおっしゃった共謀するAIのようなクリティカルなリスクは何か、それにきちんと対処できているかを確認したうえでビジネスを進めていくことが本質ですね。

生田目氏:そうですね。個々の企業の立場から言えば、最終的には経営者が、AIのもたらすベネフィットとリスク、リターンについて適切な感性を持てるかどうかがとても重要だと思いますし、その感性に基づいて適切なルールや組織のコントロールが行われるというのが、あるべき姿なのだろうと思います。

一方で、経営者がその感性を持つためには、最新の情報や動向に高い感受性を持って自ら向き合う姿勢も必要です。「AIはIT担当役員がやっているから」「担当部長に任せているから」というわけにはいかない世の中になっているのだろうと思います。

もっと言えば、最近の企業経営者に向き合うさまざまなステークホルダーからの期待は、AIが経営の能力を大きく高める可能性があるという前提に立っています。経営者がAIにどういう感性で向き合っているかということが評価軸にすらなっていると思うのです。企業経営者が社会やステークホルダーの期待に少しでも応える、あるいは近づいていく努力をしようと思うのであれば、AIについての取り組みにご自身が積極的に向き合うことがとても重要になっていると思います。

中久保:企業として生田目様のような役員がいらっしゃること自体がまず重要である一方、経営者一人ひとりアンテナを張っていかなければならない。警鐘を鳴らしていただいたと受け止めました。 

サステナビリティが目指すもの——人類全体の永続的な幸福の追求とAIが果たす役割

中久保:ここからサステナビリティの話に入っていきたいと思います。生命保険業界では、たとえば引受査定におけるバイアスのように、査定される側の生命に関わる社会面・人間面のリスクがAIによって生じうるという意味で、非常に親和性の高いトピックだと思います。

ただ、サステナビリティとAIガバナンスの関係については、読者にもまだ見えていない部分があると思います。この点について、生田目様のお考えをお聞かせください。

生田目氏:私はサステナビリティの専門家ではありませんが、日頃そうしたテーマに触れる機会は多いので、感じていることをいくつか申し上げます。

まず、「サステナビリティは何を目指しているのか」ということがとても重要で、サステナビリティそのものが自己目的化する話では決してないということだと思います。サステナブルな社会を創出する、サステナブルな経済発展を実現する、サステナブルな企業経営を行う—このことについて社会のさまざまなステークホルダーへの呼びかけが行われたのが、ここ数十年の動きだったと思っています。

SDGsなど国連の文書やそれに付随する問いかけを改めて拝見すると、決して局所的なものを個別に扱って「それをやっていけばいい」というルールをつくっているわけではなく、社会全体がより幸福で、健康で、平和な社会を実現するための非常に大きなフレームワークだと思うのです。

サステナビリティは「持続可能な」と訳されますが、「サステイン」という言葉の意味をしっかり認識する必要があると思っています。サステインには「下から支える」という意味があるので、持続可能性とは、私たちが一生懸命努力するということを内包している概念だと思うのです。努力を継続すること、考え抜くことを継続することこそ、サステインの本質ではないかと思っています。
SDGsを見ると、貧困の撲滅や教育といった、人道的な命題が背景に色濃くあります。結果としてサステナビリティが目指すものは、「私たち人類全体の永続的な幸福の追求」だと思っていて、それを一定のフレームワーク化したものがSDGsであり、それを企業に対して一定程度命題化してもらう取り組みがESGというフレームワークになっているのだと思います。すべては人類全体、社会全体のより永続的な幸福の追求という命題に向き合っているということです。

そういう中でAIとサステナビリティの関係について言えば、AIが人類の幸福を高める可能性は極めて高いと思っているので、AIこそサステナビリティを高めるドライバーに真っ先になってもらいたい。同時に、AIの活用が人類の幸福追求のプロセスの中で何らかのリスクをもたらす可能性があるのだとすれば、それはESGあるいはサステナビリティの観点からしっかり取り組んでいく必要がある。決してそれぞれが別のものとしてあるのではなく、大きなサステナビリティというフレームワークの中に、AIもしっかりビルトインされることが重要なのだろうと思います。

中久保:実務家レベルで日々向き合っていると、GHG排出量の削減をはじめ、一つひとつのトピックに取り組み、それが重要な経営課題だという捉え方になりがちです。もちろんそれ自体は重要なのですが、おっしゃる通り、「今の状況を持続させていくこと」としてサステナビリティを捉えてしまいがちだったと改めて思いました。そうではなく、究極的には人類全体の幸福レベルを引き上げていくという壮大なミッションであり、カバー範囲も非常に広い。

この大枠を読者の皆さまにも共有いただいたことが重要だと感じました。

そのうえで、AIがサステナビリティを促進しうる可能性、あるいはネガティブな側面について、今気にされている具体的な論点があれば教えていただけますか。 

Man in a dark suit speaks and gestures while seated at a wooden table, facing a woman with long dark hair in an office setting.

AIがもたらす機会と脅威——電力・水という現実に向き合う

生田目氏:では、AIがサステナビリティに対してどのような機会と脅威を持っているのか。

機会について言えば、AIは私たちの考えを飛躍的に広げ、高め、深めてくれるものだと思います。あらゆる企業が、自分たちが取り組めていること・取り組めていないことを極めて迅速に分析するツールとしてAIを活用できるはずです。ぜひサステナビリティ分野において、どんどんAIを活用して、「自社にもっとできることがあるのではないか」ということに気づいていただきたい。これは大きな機会だと思います。

一方、脅威について言えば、AIの活用が増えれば増えるほど、電力の消費や水の消費、さまざまな経済的コストが発生してきます。これまで進めてきたサステナビリティやESGの取り組みが、AIの利活用によってある意味で加速してしまう——リスクの部分が加速してしまう側面もあるので、人類全体としてここに向き合っていくことがとても重要なのだろうと思います。

中久保:AI活用については、まさに弊社がSmartESGを通じて成し遂げようとしているビジョンに近いです。これからも顧客企業のサステナビリティ推進につながる分析やデータの可視化を支援していきたいという想いが、ますます強まりました。

脅威の面で言えば、米国などではデータセンターに対してすでに多くの抗議活動が起きています。私たちサステナビリティの専門家も、ある意味でスピードアップして、そうしたリスクにキャッチアップしなければならないと感じました。

Two colleagues seated at a conference table in an office, smiling at the camera.

「No one left behind」と、世に問い続ける経営

中久保:従業員のみなさんがAIのように新しいものに日々キャッチアップしなければならず、目の前の業務に追われてしまう状況の中で、「経営陣として自分たちはどこに向かえばいいのか」を伝えていく。生田目様はそういう役割を担われているのだと強く感じました。これから生田目様がやっていきたいこと、個人的なミッションも含めてお聞かせいただけますか。

生田目氏:まず、本日の主題であったサステナビリティとAIという取り組みには、非常に大きな可能性と、それに伴って考えるべき視点が数多くあるのだと、中久保さんとのお話を通じて私自身も強く再認識しました。

そのうえで、サステナビリティの本来の命題が、より長期的な人類全体の幸福の追求であることを考えれば、まさにSDGsに書かれている「No one left behind(誰一人取り残さない)」という言葉をしっかり考える必要があると思います。

私たちの社会が発展すればするほど、その鏡として、何らかの損害を被る方、ディスアドバンテージを被る方々が生まれてくる。こうした方々に対してどうするかということが人類全体の命題です。そして、社会をリードできる立場にいる企業のリーダーの皆さんは、そのような命題を自分事としてしっかり取り組んでいく必要があります。

2点目は、「個々の企業として何をやっていくのか」ということです。一番大事なのは、あらゆる企業がお客さまや社会との関係の中でその存在を制度化しているという点です。そうであれば、自社の取り組みや自社の考えていることを世に問い続けていくことこそ、企業経営の根本的なミッション、使命だと思っています。

「これについてどうですか」と問うと、たびたび「社内で検討しています」という答えが返ってきます。しかし、社内での検討は社会に対する価値を生みません。もちろん検討するなと言っているわけではなく、その社内の検討を、生煮えでもいいから世の中に問うことで価値が生まれるし、お客さまやステークホルダーの皆さんからのご支持もいただける。企業活動は常にその取り組みと考えを発信することが経営者の使命だと思っていますので、私も経営の一員として明治安田の考えを世に問い続けていきたいと思っています。

中久保:AIガバナンスやサステナビリティにとどまらず、経営への向き合い方、そして情報開示のあり方にまで踏み込んでいただきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

編集:ESG Journal編集部


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