特別対談:明治安田生命保険相互会社 生田目執行役専務 「AIガバナンスとサステナビリティ経営(前編)」

Two business professionals sit at a wooden conference table, smiling at the camera in a modern office setting.
本記事は、ESG Journalを運営するシェルパ・アンド・カンパニー株式会社のCSuOが、AIガバナンスやサステナビリティ・ESG分野の実務に関連する経営トピックについて、専門家にお話を伺ったインタビュー記事です。

「AIガバナンスとサステナビリティ:AI時代の経営に問われる『舵取り』とは」明治安田生命保険相互会社 執行役専務 グループデジタル責任者/グループAI責任者生田目雅史氏 × シェルパCSuO 中久保菜穂

生成AIをはじめとするAIの活用が企業活動のさまざまな領域に広がる中、その可能性を引き出しながら、リスクを適切に管理するためのAIガバナンスの重要性が高まっています。

ESG Journal編集部では、2026年5月に明治安田生命保険相互会社の執行役専務グループデジタル責任者/グループAI責任者に就任された生田目雅史氏をお迎えし、サステナビリティ経営におけるAIガバナンスのありかたについてシェルパ・アンド・カンパニー株式会社のCSuO中久保がお話を聞きました。

生田目氏は東京海上ホールディングスでグループCDOを務め、生成AIが社会に実装されていくまさにその時期に金融機関のデジタル戦略を統括されたほか、一般社団法人AIガバナンス協会の設立・発足にも立ち上げメンバーとして尽力されました。

今回の対談では「AIガバナンスとサステナビリティ」と題して、AIの進化スピードに企業経営はどう向き合うべきか、AIガバナンスとは何を指す概念なのか、そしてそれはサステナビリティとどう接続するのかについてお話を伺いしました。

前編では、AIがもたらした「スピード」の意味、明治安田グループにおけるAI活用の現在地、そしてAIエージェントが普及する時代に生命保険のビジネスモデルが直面する論点やガバナンスについて伺います。

対談者プロフィール:

明治安田生命保険相互会社 執行役専務 グループデジタル責任者、グループAI責任者/一般社団法人AIガバナンス協会 代表理事 生田目 雅史氏
2026年に現職に就任し、約40年にわたる金融業界での経験を活かして、同社のデジタルトランスフォーメーションおよびイノベーションの取組を主導。前職の東京海上グループでは2018年の入社以来、様々な戦略的経営において豊富な実績を積み重ね、東京海上ホールディングス 常務執行役員グループ CDO (Chief Digital Officer)、専務執行役員グループCDO等を歴任。それ以前は、日本長期信用銀行、金融監督庁、ドイツ証券会社、モルガン・スタンレー証券、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、ブラックロック・ジャパンなどの金融機関で要職に就き、国際的な金融業務、財務戦略およびコーポレートガバナンスの専門知識を培った。経営幹部としての職務に加え、メルカリ、ID&Eホールディングス、シンガポールbolttech Holdings等複数企業で社外取締役も務めた。2026年6月よりマネックスグループ取締役を兼任。東京大学法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールMBA取得。


シェルパ・アンド・カンパニー株式会社 取締役CSuO 中久保 菜穂
S&Pグローバル Sustainable1部署にてESGソリューションズ・日本ヘッドを経て、2023年7月にシェルパ・アンド・カンパニーのCEIOに着任し、AIを駆使したサステナビリティに関する課題解決に取り組み、2024年11月より現職。英国のESG評価機関であるVigeo Eirisでの分析・SRIアドバイザリー業務、デロイトにおける人権DD構築支援をはじめとしたESGコンサルティング業務経験も有する。京都大学 法学士、ロンドン大学(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)法学修士。大阪公立大学 経営学研究科 客員准教授。一般社団法人AIガバナンス協会 専門アドバイザー。


「スピード」を求める社会——生成AIの4年間が突きつけたもの

中久保:本日はお忙しいところ、ありがとうございます。弊社シェルパ・アンド・カンパニーではAI技術を取り入れた事業展開をしておりますが、とにかく変化のスピードに驚いています。この変化のスピードについて、生田目様はどのようにご覧になっていますか。

生田目氏:2022年ごろに生成AIというものが世の中に出てきて、それからかれこれ4年近くになりますが、劇的に変化したというのは、まさに中久保さんのおっしゃる通りだと思います。

ただ、技術的にはコンピューティングパワーが上がったといった背景が当然あるわけですが、それ以上に、私たちが住んでいる社会全体が「スピードを希求する心」を持っている、スピードそのものが根源的な価値なのだということを、改めて実感させられた4年間だったのではないかと思っています。

例えば以前は、コンピューターにプロンプトを入力して1分ほど考えているという状態でも「そんなものだよね」という感覚がありました。ところが、AIを推進している方々は「いやいや、そんなものではない。今のコンピューティングパワーを使えばもっとすごいことが、もっと速くできる」と世に問うてきているわけです。

そのスピードは私たちにより高い利便性をもたらすので、私たちは素直に喜び、驚き、そして「ではそれに対して自分たちはどう向き合うのか」という命題が生まれてきた。人間とテクノロジーがこう関わっていくのは、ある意味で必然なのだろうと思います。このスピードの中で私たちがどのような問題意識を持つべきか、企業や個人が何をやっているのか。それを真剣に考えるいい機会になっているのではないでしょうか。

中久保:AIという一つの現象を通じて、そもそも私たちが捉えなければならなかったことが浮かび上がってきている、ということですね。経営者としてそのスピード感を意識されていることが強く伝わってきます。

生田目氏:加えて言えば、私が身を置く金融業においては、スピードはまさに根源的価値だと思っています。

昔は海外との取引をするときにファックスを使い、オーバーナイトで行われていた取引が、今やリアルタイムです。クレジットカードも、かつては紙の伝票を集めて1か月に一度集約して請求するというプロセスでしたが、今はデビットカードであれば世界中でリアルタイムに使えるようになっています。金融業はあらゆる業態でスピードに向き合ってきた業態だと思うのです。

ですから、AIのパワーによって金融業のスピードが加速し、それによって世界中で良質なサービスを提供できるのであれば、これは金融業の進歩にとってとても強力な武器を手に入れるということなのではないかと思っています。

Middle-aged man in a dark suit and striped tie speaks while gesturing with his hand during a meeting.

 

明治安田グループCDO・CAIOへ——「経営のコミットメントのもとで実行を加速する」

中久保:AIを「武器」として捉えていく。まさに経営者は新たな動きを捉え、自社の事業やセクターへの影響を見極めてビジネスチャンスに転換していく必要がありますね。その観点から、今回グループAI責任者としてご就任され、経営陣としてAIに向き合っていかれるにあたり、どのような役割を担われるのかをお聞かせください。

生田目氏:私と明治安田グループとの関係は突然生まれたわけではありません。3年ほど前から明治安田生命の取締役会のアドバイザーとして、ITデジタルに関わる議案について、社外取締役を含む取締役会のメンバーとともに議論する場に加わらせていただいていました。改めて大変光栄な機会をいただいたと感じています。

そのうえで、私のミッションはこれまでと大きくは変わっていないと思っています。日本の大手生命保険会社の一社として、お客さまにより良い商品・サービスを提供したいというビジョンを持っています。また、当社の経営層は、AIの積極導入について極めて高い問題意識とコミットメントを持っています。そのコミットメントのもとで実行を加速していくことが、私のミッションだと考えています。 

3万7,000人の営業職員とAI——「人とAIの関わり」に独自の価値を

中久保:明治安田生命様では、営業側でAIエージェントを活用されていたり、引受査定でもAIを使われていたりと、AIがかなり実務に浸透してきている印象があります。現在のAI活用のレベル、そしてあるべき姿について、どのようにご覧になっていますか。

生田目氏:総じて順調に進んでいるのではないかと思っています。

当社は生命保険事業を主たる事業としており、3万7千人の営業職員がお客さまと対話をする形で生命保険をご提供するビジネスモデルです。ここに対する基本的な考え方は、大きくは変わりません。

一方で、AIを営業職員の皆さんに活用していただくことで、より良いサービスを、より正確に、お客さまのニーズに合致する形でご提供できるはずです。たとえば営業職員に対して「MYパレット」というAIを提供して支援するという取り組みを、目玉と位置づけています。

これは単に効率化を進めるためのものではありません。数多くある商品のニーズ、あるいは金額や条件といったものを、お客さまのお話を伺うことを通じてご提供していく、重要なツールだと思っています。現在ある機能に今後も機能を追加投入していって、より良いものにしていくことができるのではないかと考えています。

また、営業職員が中心となってサービスをご提供するというビジネスモデルを骨格としている当社は、他の金融機関と比べても、特に「人とAIの関わり」に注目し、そこに独自の価値を創出したいと願っている企業だと思っています。

なぜなら、相対的に大きな金額を信頼していただくビジネスを骨格としている以上、単に機械がレコメンデーションするというだけではなく、お客さまに実際に接する営業職員への信頼がとても重要だからです。必然的に、私たちは人とAIの関わりを最大の価値にしていきたい。そういう想いでAI戦略をつくっているところが、特徴的かなと思います。

AIエージェント時代のビジネスモデル——「AIに選ばれる保険会社」になる

中久保:ガバナンスに話を移す前に、もう一段大きな視点でお伺いしたいことがあります。AI活用による効率化にとどまらない、ビジネスモデル自体への影響です。

生田目氏:最大のドライバーは、「AIエージェント」だと思っています。ご存じの通り、AIが一定の自律性を持ってさまざまな活動を行うもので、すでにメールの返信がエージェントでできるといった形で実用化が進んでいます。

これには2つの意味があると思っています。

1つは、当社自身がAIエージェントを活用することで、さまざまな業務を自律的・自己完結的にAIによって実施できるようになり、大幅な効率化が実現されるということ。

もう1つは、「お客さまもAIエージェントを使う時代」が来るということです。金融機関としてそこにどう向き合うかが、ビジネスモデル上の命題になると思っています。時間軸の差はあるかもしれませんが、たとえばスーパーマーケットやトラベルエージェントの領域では、お客さま自身がエージェントを介して最適な商品を選択したり、最適な旅行プランを設計したりすることができるようになっています。そこから類推される金融業務、生命保険事業へのインプリケーションは、しっかりと考えていかなければなりません。

さらに言えば、私たちは営業職員をチャネルとするビジネスモデルを骨格としていますが、お客さまは保険や金融商品の情報に、昼間の営業時間だけにアクセスするわけではありません。夜中の1時でも2時でもアクセスをする。あるいは夜中にAIエージェントに宿題を投げておいて、朝ゆっくり最適な商品を見ようか、ということも生まれてくる。

そうだとすると、お客さまがAIを活用する社会の中で、私たちはどのような情報をご提供できるのか。加えて、お客さまがAIを通じて感じてくださる当社の価値観、当社のバリューを、最終的に営業職員との対話につなげていくことも考えなければなりません。人を中心とするビジネスモデルという経営の理念はまったく変わりませんが、お客さまがAIを使う時代において、私たちがどのようにお客さまへの付加価値を高めていくか。ここが大きなポイントになると思っています。

中久保:非常に重要な論点だと思います。自分たちがビジネスとして何を提案し、そこにAIをどう活かすかも重要ですが、お客さま自身が自律的にエージェントを用いて、これまでになかった能力を手に入れる。それにより、顧客の金融リテラシーが一気に引き上がり、金融へのアクセスも広がるという意味では、社会にとって素晴らしい機会だと思います。

一方で、AIエージェント時代において「人を中心に据えたビジネスモデル」の価値をどう打ち出し、接点をどうつくるのか。非常に気になるポイントだと感じました。今後の御社の動向を楽しみにしております。

生田目氏:ありがとうございます。社内でも「最終的には人の信頼がビジネスの基本だ」と言いつつ、同時に「AIに選ばれる金融機関、AIに選ばれる保険会社になろう」ということも言っています。おそらくここは両輪のような形で動いていくのだろうと思っています。

Man in a dark suit speaks and uses hand gestures across a wooden table, facing a woman with long dark hair in a neutral office setting.

ガバナンスの語源は「船の舵をとる」——AIガバナンスは経営の舵取りである

中久保:顧客が自律的にAIを用いていく時代になると、「では誰がその責任を取るのか、アカウンタビリティをどう考えるのか」といった、まさに本日のテーマであるAIガバナンスに関わる論点が出てきます。

生田目様は以前から、ガバナンスは「攻めのガバナンス」として捉えるべきだとおっしゃっています。ただ、ESG Journalの読者の方々は、ガバナンスと聞くとまずコーポレートガバナンスやさまざまなルールを想起されると思います。そこにAIガバナンスの理解とのギャップがあるようにも感じています。まず、AIガバナンスとはどういうもので、経営を進めるうえでなぜ重要なのかを教えていただけますでしょうか。

生田目氏:まず、ガバナンスという言葉が、それぞれの文脈において特定の意味で使われており、そこから生まれるさまざまなルールの導入・展開・実行といったことを指す結果になりがちだというのは、一定その通りだと思います。世の中で問われているさまざまな課題認識を企業経営の中でしっかりと見据えていくということだと思っています。

ただ、一歩ステップバックして、より広角レンズで物事を見たときには、「そもそもガバナンスとはどういうことなのか」を考えることも必要ではないかと思うのです。

ガバナンスという言葉の語源をたどると、これは「船の舵をとる」という意味なんですね。舵をとるということですから、大きな船の方向性を適切に保つ。つまり、船長の意図する方向に大きな船がちゃんと動いているかを確認する。そのように組織をナビゲートしていく、という意味が内在されていると思っています。

意外にもガバナンスはブレーキだとか、レールの上を走ってくださいとか、そういうことを言っていないわけです。自由な大海原を大きな船が航行するにあたって、船長が舵を適切にコマンドしていくことこそガバナンスの本質だと思っています。そういう目線で考えれば、企業経営者は自社という大きな組織が正しい方向に向かっているのかをロングレンジで考えておく必要がある。「ゆっくり安全に進めばいい」ということだけを言われているわけでもないし、定まった航路をひたすら守るという概念でもないということです。

その視点からAIのガバナンスを考えたときには、AIが持つさまざまなリスクに適切に向き合う必要があるでしょうし、自社がAIを適切な形で活用して事業活動に導入しているかについて責任を持つ必要があることは論を待ちません。

同時に、AIを活用する企業組織全体の姿が、経営者として願う方向に向かっているのかという舵取りの視点をしっかり持つべきだと思っています。

ただし、AIのリスクを過剰に見るあまり、思い切った大きな価値創造に向き合えなくなるという経営のリスクがあるということにも、同時に向き合う必要があるのだろうと思います。


後編では、AIのリスクとリターンをどう見極め、経営判断につなげるのかを掘り下げます。そのうえで、サステナビリティが本来目指すものとは何か、AIがサステナビリティにもたらす機会と脅威、そして経営者に求められる視座について伺います。

編集:ESG Journal編集部


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本対談では、AIガバナンスを「ブレーキ」ではなく経営の「舵取り」として捉える視点が語られました。一方、実務の現場では「AIを使いながら、リスクをどう管理するか」という具体的な問いに直面している方も多いのではないでしょうか。
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